「私の修身トライアル」 (十) 梅田・論語に親しむ会会長 有隣論語塾塾長 岸本千枝子
 …あなたの歩いてきたあそこは実は沼である。薄い氷の上に雪の積もったその上を、あなたは平気で歩いてきた。地理を知った私達には、それは絶対に出来ぬことである…(前号に引用説明) 知らないから…わからないから歩ける。わかっていたら怖くて歩きだせなかった。禅塾での大摂心の修行…禅宗の歴史も坐禅の目指す意味も知らなかったから、無知の自覚もなく、怖いとも思わずにトライすることが出来た。人生とはそういうもので、わからないから出来ること、取りかかれることが沢山ある。
 論語の勉強も同様に感じる。自分なりに実践し、三人行えば必ず吾が師有り…フムフム。検証を繰り返す。人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うる遠い遠い道のりだ。その遠い距離がどれほどのものか、何百里とわかっていたら、その距離に怯み、歩きだせない。その大変さ、怖さがわかっていたら歩かない。率直にいえば、孔子の教えの広大無辺をイメージできないから、大勢の人が素読から始めてその道のりを歩きだすことができるのではないだろうか?
 大摂心に参加して私の修身に役だった事は何だろう?厳しかったことは脚がしびれる坐禅ではなく、作務であった。禅宗では作務を重要な修業と位置付けている。【この竹を向こうに運んで積み上げて下さい。】OK!任せて頂戴。キビキビテキパキ。思ったよりも短い時間で完了。私って凄いでしょ。力仕事も荒仕事も出来まぁす!認められたい自分がいる。【岸本さん、今運んだ竹を元の場所に戻して下さい。】「エーッ!この作務の目的は何ヤ?このワタシに無駄な労働をさせたの?」声に出せないが腹の虫は収まらない。
 【今日はこのあたりの雑草を抜いて下さい。】草むしり大好き。大丈夫。きっちり根っこから引き抜き、ならしたようにスッキリしていく。あともう少しで私の作務の完璧度にビックリするハズ。【そこはもう結構です。裏門の方の畑の草引きをお願いします】「ギャーッ!なんでこのまま作業をさせてくれないの?もうすぐ完璧に仕上がるのにぃ?なんで止めるのよぉ」人は無意識下で自己満足を追求している。達成感を得たい、充実感を得たい、夜寝る時、ようやったなぁと自分を認めて褒めて満足してぐっすり眠りたい。
 この自己満足感の追及に、ブレーキをかけて中断させる直筆さん。彼は何故そうしたのか?老師に指導されているであろう。わかってしている。【アンタは私が私が…その我にまみれて草引きしてますがね、…我。自分の思うようにしたい。感心させたいという自我が丸出し。執着ヤ。煩悩ヤ。中断されてムッとしたでしょう。ムカッとさせてあげたのですよ。我慾にまみれていることが見えるから、パーンと切り替えて全く逆の側から自分を見るように仕向けたのですよ。ヨイショッと持ち上げてくるりと逆に向けたのですよ】
 (この項終)

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