「私の修身トライアル」( 五) 梅田・論語に親しむ会会長 有隣論語塾塾長 岸本千枝子
子曰わく、賢を見ては齊しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みるなり。(「仮名論語」里仁第四 四四頁)

 毎朝たくあん二切れがでて、それは向こうが透けて見えるほど芸術的に薄く切ってある。それでも噛むとポリポリと音が出る。『岸本さん、ボリボリ音を立てないでください』「……」(このご注意は十七年を経た今なお悲しい気持で蘇る)。噛まずに飲み込むことにした。味わいたい欲望。音を立てずに食する厳粛な雰囲気に、気を引き締めて作法通りに食事を終える。一切れは残しておいて食後注がれる一杯のお茶で洗鉢に役立て、口の中に納める。食事内容がすっかり変わって、髪の毛が逆立ち、バリバリになったのも新陳代謝の証か。
 毎日の茶礼でもその作法は細かく決められている。おやつとお茶が配られ、全員に行きわたってから合掌して戴く。坐席の上がり框を卓として振舞われるのだ。坐席に着くときにこの上がり框に足を載せて上がったところ、注意を受けた。『ここは卓上と思って踏んではいけません。』『畳に手をついて体を浮かして坐席について下さい』と、お茶を配りながら親切にそっと小声で教えてくれた大学生の大須賀さん。この方は警策を打たれる時の受け方も茶礼の折にそっとしぐさを見せて教えて下さった。今は立派な社会人としてご活躍のことであろう。拝謝。
 《雨安居夏末大摂心》は例年六月三十日の五時集合、七月一日から七日までの期間である。夏の盛り。禅堂の窓から風が入ってくるが、坐っているだけで汗をかく。止静中は動けない。そうか…喉が渇いた時に、すぐに喉を潤したい、と思うのは欲望なんだ、と思う。行動に制約を受けて初めて普段の暮らしの自由度を思った。
 坐禅の途中で【二便往来!】と声がかかると最初は??であったが、人間の体を考えてみたら、上の口から入れて、水分と固形物に分かれて下の出口は二つ。だから二便往来なんだと納得する。トイレに行くついでに洗面所の蛇口に口をつけて水を飲む。お行儀は構っていられなかった。
 毎日二回、朝六時半から八時半までと、午後二時半から四時半までの各二時間ずつ作務がある。【作務出頭!】の掛け声ですばやく自室に戻り、作務衣に着替え、運動靴を履いて集合する。直日さんから作務内容の指示を受ける。禅堂の掃除、池の周辺美化、禅塾の外部周辺の掃除、ゴミ拾い、垣根作り、雑草抜き、中庭の掃き掃除、雨の日は禅塾建物内部の拭き掃除やガラス磨き、茶室の掃除など。作務は際限なくある。
(続く)

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