2013年8月 「論語と道元禅師」(十七) 本会副会長 目黒 泰禪
「上智下愚を論ぜず」
 佐村河内守の交響曲第一番《HIROSHIMA》をよく聴いている。八月はどうしても一人の博士と一つの国に対して、赦しがたい感情を覚える。アルバート・アインシュタイン博士とアメリカ合衆国である。
 一九三九年アインシュタインは、亡命先米国でルーズベルト大統領に原爆開発の信書を出した。彼は一九〇五年に特殊相対性理論・光量子仮説・ブラウン運動理論の三大論文を発表し、一九一五年に一般相対性理論を完成した。この理論の正しさが、一九一九年五月二十九日の日蝕観測によって「物体があると、その周囲の空間は曲がる」光も重力で曲がることで証明されると、世界で最も有名な物理学者となった。彼がマンハッタン計画(原爆製造研究)に全く関与しなかったとは言え、現代物理学の父といわれた彼の署名した手紙が、核兵器開発を促したのは紛れもない事実である。
 「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヵ所ぐらいなくてはならないと考えていた。…我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」と、日本賛辞を贈ってくれたアインシュタインであったとしても、無限に心が離れる。
 一九四五年八月六日午前八時十五分、広島に原子爆弾(ウラン型)が投下された。続いて八月九日午前十一時二分、長崎に原子爆弾(プルトニウム型)が投下された。炸裂した原爆の火球は、瞬間摂氏一〇〇万度と数十万気圧で急激に膨張し、爆心地付近では六〇〇〇度の熱照射と爆風であらゆる生命の存在が否定された。この年の十二月末までに、広島で十四万人、長崎で七万四千人の尊い命が犠牲となった。被曝後六十八年を経て、原爆死没者は広島で二十九万人、長崎で十六万人となった。トルーマン大統領の決断とは言え、日本が既に戦闘能力を失っていると分析していたのにも拘わらず、原爆を行使した米国の深層に、有色人種への差別と異教徒への排斥はなかったのか。「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」(顔淵・衛霊公篇)である。たとい日米安全保障条約の下で我が国を軍事的に守ってくれる米国であるとしても、日本人はこの両日を永久に忘れることはない。
 近年中国は、我が国の尖閣諸島やフィリピンのスカーボロー礁、ベトナムの西沙諸島、ASEAN諸国の領有する南沙諸島への覇権を狙い、領海侵犯を繰り返している。二五〇〇年前に孔子が「葉公、政を問う。子曰わく、近き者説べば、遠き者来る」(子路篇)と諭したにも拘わらず、彼の国の指導者は好んで「遠交近攻」戦略を用いる。近隣と軋轢を生む中国がアジアの中で孤立しては、ロシアや欧米諸国がほくそ笑みはしないか。孔子は「唯上知と下愚とは移らず」(陽貨篇)と諦めたが、否、私は道元禅師の言う「上智下愚を論ぜず、利人鈍者を簡ぶこと莫れ。専一に功夫せば、正にこれ 道(仏道の修行)なり」(『普勧坐禅儀』)を信じているし、四〇〇〇年の歴史を持つ彼の国の人の叡智に期待したい。

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