今月の論語 (2026年3月)

斯仁至矣(しじんしい)

子(し)曰(のたま)わく、
仁(じん)遠(とお)からんや。
我(われ)仁(じん)を欲(ほっ)すれば、
斯(ここ)に仁(じん)至(いた)る。

子曰、仁遠乎哉。我欲仁、斯仁至矣。
(述而第七、仮名論語九二頁)



会長 目黒泰禪

〔注釈〕先師が言われた。「仁は人が生まれながらに与えられているもので、遠くに求めるものではない。仁を実践しようと思えば、仁は直ちに実践できるものだ」

〔和歌〕そのすみか 遠くあらむと 人(ひと)いへど 招けば來たる 仁の道かな  (見尾勝馬)


 平成十七年三月にアイオイ第一ビルに論語普及会事務所を移転して二十一年目となった。当ビルのオーナー・アイオイ商会の山口信子社長の存在なしには、今日の論語普及会を継続し得なかった。当会の財政が窮地に陥るたび、年間の賃借料を三分の二、時には三分の一と減額して助けて戴いた。遡ると延べ一千万円近いご芳志を賜っている。賃借料のお願いに訪れるたびに「世のため人のために普及活動をしているのだから頑張りなさい」と、逆に励ましのお言葉を頂いた。

 山口社長は昭和三年に浜松にお生まれの辰年で、今年九十八歳になられる。千葉県木更津の日本三育学院神学科を卒業後、昭和二十七年に社長兼従業員という唯一人で日本橋に靴下専門店アイオイ商会を創業され、昭和三十年には現在の中津五丁目に本社を構えられた。

 ご両親が敬虔なクリスチャンであったことから、生まれてすぐにキリスト教セブンスデー・アドベンチスト教団の洗礼を受け、神とともに生きる生活習慣を幼い時から身につけられた。名古屋市の椙山高等女学校に通っていた昭和十九年十二月十三日に、米軍の空襲により軍需工場の勤労奉仕に行っていた同級生全員を亡くされた。胸を患い自宅療養で休学中の山口社長お一人が生き残られたと伺っている。「私はみんなに代わって生かされている」と語っておられた。

 コロナ禍前の或る日、お話しする機会があり、『論語』で孔子が「噫(ああ)、天(てん)予(われ)を喪(ほろ)ぼせり、天(てん)予(われ)を喪(ほろ)ぼせり」(先進篇)と天への疑問を発した章句に因み、『新約聖書』マタイ27やマルコ15の十字架上でイエスが言われた「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」の言葉についてお聞きした。すると、この言葉は疑問ではなく、神の救いを確信する讃歌の発句ですと言われた。お手元の『聖書』を開き『旧約聖書』の詩篇22の讃歌を指で差し示された。『新約聖書』だけでなく『旧約聖書』を併せ読むことで理解が更に深まると教示戴いた。

 『論語』の背景にある『易経』『書経』等の五経をしっかり読み込まなければ、論語を語れないと感じた瞬間でもあった。以来、山本正進先生の易経講座に臨むときには、復習だけではなく予習もするように努めている。

 山口社長はまさに「仁(じん)を欲(ほっ)すれば、斯(ここ)に仁(じん)至(いた)る」(述而篇)を生きておられる。六月にこのビルから巣立つ我々もこうありたいし、それぞれの持ち味で地道に論語の普及活動をして参りたい。山口信子社長には益々お元気で百歳を越えられることを願いつつ、満腔の敬意とこれまでの温かい御支援に感謝を申し上げたい。

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