今月の論語 (2025年4月) |
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多聞多見(たぶんたけん)
多く聞きて、其(そ)の善き者を擇(えら)びて
是(これ)に從(したが)い、
多く見て之(これ)を識(しる)す。
多聞擇其善者而從是、多見而識之。
(述而第七、仮名論語九一頁)
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〔注釈〕(先師が言われた)「多くを聞き、善いものを選んでそれに従い、多くを見てそれを心にとめておく」
〔和歌〕知らずして 行ふよりも 耳と目を ひらきて善を つくすわれかな
(見尾勝馬)
今月の論語 会長 目黒泰禪
日本は「美の国」から「義の国」にならなければならない、で始まった批評に、昨年一年、ある月刊誌が届くのを三十年来與(とも)に道に適(ゆ)く妻と毎月心待ちにしていた。日本学協会が発行する『日本』に連載の、文芸批評家・新保祐司氏の「義の日本思想史」がそれである。新保氏は文学や芸術、歴史上の人物を「美」と「義」の視点から批評される。二三挙げると、美の北斎「赤富士」と義の鉄斎「攀(はん)嶽(がく)全景図」、義の島木健作と美の川端康成、侠客柳川熊吉の「碧(へき)血(けつ)碑」と清水次郎長の「壮士墓」である。次号はどのような展開で誰を取り上げるのだろうと、予想しあった。
氏にはクラシック音楽関係の著作も多い。博引傍証の解説で視野が広がるだけでなく、聴覚を研ぎ澄ましたくなる。この正月に、ブラームス全作品を一日一曲聴き続ける著書『ブラームス・ヴァリエーション』を開いた。「まえがき」で目がとまった。そこには橋川文三著『幕末明治人物誌』(中公文庫)が取り上げられていた。亡くなった渡辺京二が解説に「橋川の仕事は常に少数者によってであれ、記憶され愛読され続けるだろう」と書いたとあった。すぐに購入した。家の内村鑑三著・鈴木範久訳『代表的日本人』(岩波文庫)の西郷隆盛と読み比べながら、最後に登場する頭山満まで読みすすめた。橋川は自らが、まさに頭山満百科事典というべきものと評した藤本尚則著『巨人頭山満翁』から多くを引用する。
蔵書の橋川文三編集・解説『大川周明集』(筑摩書房)を、もう一度読み直した。「彼(大川)が宗教の真の姿をなんらかの既成宗教の信仰に求めるのでなく、たとえば頭山満・押川方義・八代六郎の三者に抱一無離の宗教人を認め、また北一輝・石原莞爾にも同じように宗教的信仰の見事さを認めているところにその特質がある」と解説する。続いて大川周明著・中島岳志編・解説の『頭山満と近代日本』(春風社)を再読すると、大川もまた『巨人頭山満翁』からエピソードを引用していた。急ぎ図書館からその文雅堂書店版を借りた。なんと九一六頁の大部である。氏から投ぜられた「橋川文三」という一石が、同心円を描き続ける。
『論語』の述而篇に、孔子は「古今の人の言行をなるべく多く聞き、多く見て、その中から善いものだけを選んでそれに従い、深く心にしるしておく。それが私だ。まあ知者の次ぐらいだと思う」と謙遜して言われたとある。スマホで手軽に得られる情報とは違い、読書からの情報は格別である。若い世代にこそ本を一冊でも多く手に取ってもらいたい。多聞多見し善きものを選んで欲しい。
この原稿を書いている二月二十八日、十二ヶ月分の「義の日本思想史」は一冊となり、『美か義か』(藤原書店)の書名で上梓された。ブラームスを耳に味読したい。
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