今月の論語 (2023年12月)
以直報怨(いちょくほうえん)

直(なお)きを以(もっ)て
怨(うらみ)に報(むく)い、
德(とく)を以て德に報いん。

以直報怨、以德報德。
(憲問第十四、仮名論語二一九頁)

〔注釈〕(先師が答えられた)「真っ直ぐな正しさで以て怨みに報い、徳を以て徳に報いるのがよい」

会長 目黒泰禪

 大正時代、日本に四年あまり滞在したポール・リシャールというフランスの哲学詩人がいた。彼は掠奪と残虐にまみれた欧米列強に失望し、光明を東洋に求めた。アジアの被抑圧国や隷属民に自由をもたらす戦士として、日本にアジア解放の希望を託して詩(うた)う。

 「日本の児等に」
 曙の児等よ、海原の児等よ 花と焔との国、力と美との国の児等よ 聴け、涯(はて)しなき海の諸々の波が 日出づる諸子の島々を讃ふる栄誉の歌を
諸子の国に七つの栄誉あり 故にまた七つの大業あり さらば聴け、其の七つの栄誉と七つの使命とを
  一
独り自由を失はざりし亜細亜の唯一の民よ 貴国こそ自由を亜細亜に与ふべきものなれ
  二
曾(かつ)て他国に隷属せざりし世界の唯一の民よ 一切の世の隷属の民のために起つは貴国の任なり
  三
曾(かつ)て滅びざりし唯一の民よ 一切の人類幸福の敵を亡ぼすは貴国の使命なり
  四
新しき科学と旧き知慧と、欧羅巴(ヨーロッパ)の思想と亜細亜の思想とを自己の衷(うち)に統一せる唯一の民よ 此等二つの世界、来るべき世の此等両部を統合するは貴国の任なり
  五
流血の跡なき宗教を有(も)てる唯一の民よ 一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは貴国なる可し
  六
建国以来、一系の天皇、永遠に亘る一人の天皇を奉戴せる唯一の民よ 貴国は地上の万国に向つて、人は皆な一天の子にして、天を永遠の君主とする一個の帝国を建設すべきことを教えんが為に生れたり
  七
万国に優りて統一ある民よ 貴国は来るべき一切の統一に貢献せん為に生れ また貴国は戦士なれば、人類の平和を促さんが為に生れたり
曙の児等よ、海原の児等よ 斯くの如きは、花と焔との国なる貴国の七つの栄誉と七つの大業となり。  (『告日本国』大川周明和訳より)

 日本は一九四五年八月十四日にポツダム宣言を受諾した。以降、一九五二年四月二十八日まで連合国(実質的には米国の単独統治)の占領下にあった。米国は英国との間で、ドイツが降伏(一九四五年五月)するかなり前の一九四四年九月時点で、「原爆が完成したら、熟考の上で、恐らく日本人に使われる。日本人には、降伏するまで繰り返し原爆が投下されると警告すべきだ」(『ハイドパーク覚書』の一文)と秘密裡に決めていた。日本国(Japan)にではない。日本人(the Japanese)に対してである。

 ある人が、人から理不尽な行為を受けた時に、その怨みに対して徳で以て報いたらどうでしょうか、と質問をした。孔子は「怨みに対しては素直な公正無私の態度で報い、徳に対しては徳で以て報いるのがよい」と答えられた。怨みを以て怨みに報いては、戦争や紛争が永久(とこしなえ)に続く。德を以て怨みに報いては、侵略と隷属から解き放たれることはない。

 ポール・リシャールが生きていたなら、八として次を加えたであろう。
 「独り原爆を投下されし世界の唯一の民よ 一切の核兵器を廃絶するために起つは貴国の任なり」

 怨(うらみ)には 直(ちょく)もて報(むく)い 德あらば 德もて報(かへ)せ 君義(たゞ)しくば  (見尾勝馬『和歌論語』)

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