今月の論語 (2023年11月)
人不己知(じんふきち)

子(し)曰(のたま)わく、
人(ひと)の己(おのれ)を
知(し)らざるを患(うれ)えず、
其(そ)の不能(ふのう)を
患(うれ)うるなり。

子曰、不患人之不己知、患其不能也。
(憲問第十四、仮名論語二百十七頁)


〔注釈〕先師が言われた。「人が自分を認めてくれないのを気にすることはない。自分にそれだけの能力がないのを気にすることだ」

会長 目黒泰禪

 この三月中旬、荊妻に難しい病気が見つかり、手術までの一ヶ月は本人より私の方が沈んだ。普段は朝からクラシック音楽を聴いている。作曲家はシベリウスやニールセン、グリーグなどで、針葉樹林を歩いているような感じの曲が多い。バロックも好きで、パイプオルガンの響きに魅(ひ)かれる。最近になって家内から宗教的で暗いと言われ、二人の時はピアノやヴァイオリンが中心となった。確かに暗い曲では気が上向かない。デュ・プレが弾くエルガーのチェロ協奏曲も大好きだが、夭折の印象が重なる。

 手術が近づくにつれ、二人して明るく元気の出るCDをかけることが多くなった。一枚は、娘の成長と合わせるよう聴いていたシンディ・ローパーである。「Girls Just Want To Have Fun」女の子だって楽しみたい、ただ楽しみたいだけよと歌う。「She Bop」シー・バップ、ヒー・バップ、ウィ・バップと誘う。昔はカセットテープで、今はCD。十四歳であった娘の米国ホームステイからのお土産も、シンディ・ローパーの3rdアルバムのカセットであった。あれから三十年以上、幾度も回し伸びきってしまったカセットは、今なお私の本箱にある。彼女は、ジェンダー(男女)平等やダイバーシティ(多様性)を歌い、今でこそLGBTも理解されるようになったが、当時としては時代の先をいっていた。多少過激でもあるが、しかし二人して気に入っていた。とにかく元気がでる。家内は、彼女にスカーレット・オハラのような逞(たくま)しさを感じるという。昨夏のこと、家内が何となく惹(ひ)かれて入った神戸三宮の美容院で、聞き覚えのある彼女の曲。担当もピンクと青の髪の美容師さんであった。爾来、二人してシンディ・ローパーのお店と呼んでいる。手術直前にもお世話になり、髪ひとつで気持ちよく療養できると嬉しそうであった。

 もう一枚は、英国のクイーンである。「Radio Ga Ga 」君には力があった、君にはまだ輝く時があるんだ、ラジオよと歌う。「We Will Rock You」のダンダンチャ、ダンダンチャのリズム、ついついこちらの足も動いてしまう。「We Are The Champion」では、「幾度となく苦しい思いをしてきた。罪を犯していないのに、罰を受けてきた。大きな過ちも何度か犯してきた。屈辱も受けたが、すべて乗り越えてきた。俺たちは勝者だ、友よ。俺たちは最後まで戦い続ける。俺たちはチャンピオンなのだ」と拳をあげる。孔子の言われる「人の己を知らざるを患(うれ)えず、其の不能を患うるなり」(憲問篇)のロック版である。一九八五年七月十三日のアフリカ難民救済のライブエイド、ウェンブリースタジアム八万人の熱狂と大合唱を、YouTubeクイーンを観ればさらに元気がでるはず。人が認めてくれないのを憂うるのではなく、自分から積極的に行動してもらいたい。もともと人は自分のことを容易に理解してくれるものではない。特に若者には、憂えて内に籠るのではなく、外へ挑み続けてもらいたい。ウィ・アー・ザ・チャンピオンなのだ。ウィ・バップなのだ。

 人われを 知らずもわれの 患(うれ)ひこそ ふみきはめざる 行(おこなひ)と理(り)と (見尾勝馬『和歌論語』

Copyright:(C) Rongo-Fukyukai. All Rights Reserved.