今月の論語 (2023年9月) |
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與立與権(よりつよけん)
與(とも)に立(た)つべし、
未(いま)だ與(とも)に權(はか)るべからず。
可與立、未可與權。
(子罕第九、仮名論語一二五頁)
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〔注釈〕(先師が言われた)「一緒に立つことはできても、心を同じくして物事に応じて正しく判断して進むことは難しい」
会長 目黒泰禪
今年の四月下旬、Zoomによる大学同窓会の席上、電気工学の同期から、或(・)る(・)方(・)に「論語は生活に役立ちますか」と質問してもらいたいと言われた。答えが正しいかどうか確認して欲しいと言うのである。Zoom終了後、早速質問をしてみた。
その方は、ほんの一、二秒の間をおいて、「論語は中国の哲学者である孔子やその弟子たちの言行録である」と前置きして語りだした。「己所不欲、勿施於人」「三人行必有我師焉」「吾日三省吾身」の三章句を挙げ、人への思いやり、人からの学び、自己反省して改善することは現代においても重要であり、論語には役立つ教訓が多く含まれると答えた。「ただし、論語は文化的背景が異なるため、そのまま現代に適用することができない場合もあります」と念を押した。
驚いた。全くよどみがない。漢文原文までも書いてきた。この間わずか一分。教訓だけでなく、ただし書きまで添えてきた。果たして、自分なら瞬時にここまで答えられるであろうか。不可能。
驚異は回答の早さだけではない。回答内容の進化である。実は、同期が私より十日前に質問した時の回答を事前に目にしていた。その時は、「論語は、生活に役立つことができる古代中国の哲学書です」と始まり、「一、道徳的な指針」「二、行動の指針」「三、教育の価値」「四、深い洞察」が役立つ可能性がある理由ですと、箇条書きで答えていた。取り上げた章句も二章句で、書き下し文が拙(まず)く、どの章句を引用したのか直ぐには分からない程度であった。しかし、その方は同じ質問を二度受けたことで、初回の曖昧さを訂正し、原文と現代語訳を併記して分かりやすく進化させてきた。
この或(・)る(・)方(・)とは、今話題の対話型生成人工知能(AI)「チャットGPT」である。昨年十一月に無料公開され、わずか二ヶ月で世界の利用者が一億人を超えたとされる。開発した米オープンAI社の最高経営責任者サム・アルトマン氏は、「公開して世界中の人々と欠陥を見つけ、修正する。影響が大きくなり過ぎないうちに改良を急ぎたい」と語る。アルトマン氏自ら、テクノロジー業界トップやAI研究者らと共に五月三十日、共同声明「AIによる人類絶滅のリスクは核戦争に匹敵する」に署名している。チャットGPTは、インターネット上の膨大なテキストデータで学習をする。人類がこれまで積み上げてきたデータには、多くの偏見や差別、事実誤認や偽情報、悪意ある技術情報も含まれる。従い、必ずしも万全を期した回答とはならない。共同声明をまとめた団体は、重要な判断を機械に託すようになると、人間は知識や技能を得る動機が減り、いずれ人類は衰え、自治能力を失う恐れがあると警告する。
孔子が言われたように「與(とも)に共に学ぶべし、與に道に適(ゆ)くべし、與に立つべし」としても、「未だ與に権(はか)るべからず」(子罕篇)である。AIを大いに活用しても、最終の判断まで委ねてはいけない。判断は人間の領域である。與に権りAIに判断を仰ぐようになっては、それこそAIが人類を凌駕する時期を早めるだけであろうし、人類はしだいに退化してしまう。
學好み 道ふみゆきて 絶えざらば 大小の道も 權(はか)り辨(べん)ぜむ
(見尾勝馬『和歌論語』)
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