今月の論語 (2023年7月)
教民即戎(きょうみんそくじゅう)

子(し)曰(のたま)わく、
善人(ぜんにん)、民(たみ)を
敎(おし)うること七年(しちねん)、
亦(また)以(もっ)て
戎(じゅう)に即(つ)かしむべし。

子曰、善人敎民七年、亦可以即戎矣。
(子路第十三、仮名論語一九九頁)


〔注釈〕先師は言われた。「君子とまではいかない善人でも、民に七年間教えたら、民を戦争に行かせることができる」

会長 目黒泰禪

 「己(おのれ)の欲(ほっ)せざる所(ところ)、人(ひと)に施(ほどこ)すこと勿(なか)れ」(顔淵篇、衛霊公篇)と言われた孔子であっても、民を教え、祖国のため、同胞のため、家族のために死ぬことをいとわない覚悟を持たせて戦争に赴かせる。

 物理学者アルバート・アインシュタインは、「数世紀ものあいだ、国際平和を実現するために、数多くの人が真剣な努力を傾けてきました。しかし、その真摯な努力にもかかわらず、いまだに平和が訪れません。とすれば、人間の心自体に問題があると考えざるを得ません」。「人間には増悪に駆られ、相手を絶滅させようとする本能的な欲求が潜んでいる」。「増悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのでしょうか」と、手紙を書いた。宛先は心理学者ジグムント・フロイト。国際連盟は一九三二年にアインシュタイン(当時五十三歳)へ、誰か好きな方を選び、今の文明でもっとも大切と思える問いについて書簡を交わして下さいと依頼したのである。

 フロイト(当時七十六歳)は答える。人間も動物たちがみなそうするように、利害の対立は基本的に暴力によって結着をつける。人類の歴史を見れば、数限りなく生ずる争いや対立の殆どは、戦争という力比べによって決着をみてきた。人間には保持し統一しようとする欲動(生の欲動、エロス)と、破壊し殺害しようとする欲動(死の欲動、タナトス)の二つがあり、どちらの欲動も人間にはなくてはならない。文化の発展が人間の心のあり方に変化を引き起こし、知性を強めて欲動をコントロールし、攻撃欲動を内に向ける。あとどれくらいの時間がかかるか明確に答えられないが「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる」と、返信を結んだ。(A・アインシュタイン/S・フロイト著『人はなぜ戦争をするのか』より)

 しかし、フロイトとの往復書簡の翌年、ドイツはナチス政権を樹立し、第二次世界大戦の戦端を開く。平和を希求しながらもアインシュタインは一九三九年、米フランクリン・ルーズベルト大統領宛の原子爆弾開発を求める書簡に署名する。現在、戦争で核兵器を使用しようとする国があり、核兵器を戦争の抑止力にする国がある。二十一世紀になっても人類は生存のために死の欲動を抑制できない。それでもなお、文化の発展に一縷の望みを託したい。

  七(なゝ)とせも 民教へなば 民草も 戰(いくさ)の庭に 仇(あだ)をやぶらむ  (見尾勝馬『和歌論語』)

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