今月の論語 (2023年6月) |
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老戒在得(ろうかいざいとく)
其(そ)の老(お)ゆるに及(およ)んでは
血氣(けっき)既(すで)に衰(おとろ)う、
之(これ)を戒(いまし)むること
得(う)るに在(あ)り。
及其老也、血氣既衰。戒之在得。
(季氏第十六、仮名論語二五三・二五四頁)
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〔注釈〕「老年には血気が衰えてくるので、戒めるべきは欲得である」
会長 目黒泰禪
孔子は「道に志して努力する人に、三つの戒めがある」(季氏篇)と言われる。血気が不安定な青年時代は男女の付き合い、血気が盛んな壮年時代は争いや闘い、そして血気が衰える老年時代は欲得をつつしまなければならないと。確かに、年を取るにつれて貪欲(どんよく)になるきらいがある。仏教で謂うところの、人間がもつ五つの欲、財欲・色欲・飲食(おんじき)欲・名誉欲・睡眠欲の「五欲」から免(まぬが)れることはできない。生きるために持たねばならない五欲ではあるが、あくまでも少欲知足を説いている。
曹洞宗の経典に、『修証義』というお経がある。道元禅師の『正法眼蔵』九十五巻の中から、修行と悟りに深く関わる言葉を抜粋して編んだ経典である。私が門前の小僧ならぬ山内の小僧として小学生の頃から読み親しんだお経で、その一節に「無常(死のこと)たちまちに到るときは、国王大臣親暱(しんじつ)従(じゅう)僕(ぼく)妻子珍宝たすくる無し、ただ独り黄泉(こうせん)(死のこと)に趣(おもむ)くのみなり、己(おのれ)に随い行くはただこれ善悪業(ごう)等のみなり」とある。子供心に何となく、死は独りで行くものと理解した。どれほど慈悲深い国王や大臣、どのように親しい身内や朋友がいても、いかに愛しい伴侶や子供がいても、珍しい宝物があろうとも、死は如何ともしがたい。代わることも変えることもできない。助けることもできない。死に随い行くのは善悪の業報(ごっぽう)、因果のみである。
先師と言われる碩学も著名な経営者でも、晩年にあって錦上さらに薫香の花をそえることは難(かた)い。「老いて戒(いまし)むること得るに在り」と孔子は言われる。況(いわ)んや色欲・財欲・名誉欲に於いてをや。道友の妻と歩む斯道にあって、ありがちな飲食欲と睡眠欲は、年金生活の身であれば何ら努力もなしに少欲知足は易(やす)い。
戒(いまし)めよ 少時(わかき)は色よ 鬪(たゝかひ)や
壯年なりけり 欲や老年 (見尾勝馬『和歌論語』)
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