今月の論語 (2022年11月)
見利思義(けんりしぎ)

利(り)を見(み)ては義(ぎ)を思(おも)い、
危(あやう)きを見ては命(めい)を授(さず)け、
久要(きゅうよう)、平生(へいせい)の
言(げん)を忘(わす)れざる、
亦(また)以(もっ)て成人(せいじん)と爲(な)すべし。

見利思義、見危授命、
久要不忘平生之言、
亦可以爲成人矣。
(憲問第十四、仮名論語二〇七頁)


〔注釈〕(先師が答えられた。)「利益を得るに当たっては道義を思い、君国の危難を前にしては一命をかけて当たり、古い約束や、ふだんの軽い言葉であっても忘れなければ、成人といえるだろう」

会長 目黒泰禪

出光佐三逝く
国のため ひとよつらぬき 尽くしたる 
きみまた去りぬ さびしと思ふ
           昭和天皇御製

 昭和五十六年三月七日、九十五歳で生涯を閉じた一人の実業家に、天皇陛下が御製でその死を悼まれた。道友の歯科医K氏から奥本康大(こうだい)著の『正伝出光佐三(さぞう)』(展転社)を是非読んでと薦められ、いつも散歩がてらに利用する書店に足を運んだ。

 百田尚樹の小説『海賊とよばれた男』が本屋大賞を受賞してから、もう十年になるであろうか。その後、岡田准一の主演で映画化もされた。その小説の主人公国岡鐵蔵のモデルが、出光興産の創業者出光佐三である。四百万部以上のベストセラーとなり、多くの人が出光の偉業を知ることとなった。だが海賊(・・)という題名の二文字の持つ印象が先行するきらいもあった。そこを懸念した出光興産OBの奥本氏は、真箇の姿と歴史を伝えたいとの思いから『正伝出光佐三』を上梓した。

 奥本氏の正伝は、「終戦二日後に、国家再興を誓った出光佐三の愛国心が迸(ほとばし)る玉稿を噛みしめて戴きたい」と、訓示全文掲載から始まる。四百字詰め原稿用紙で二十枚近い。十五日ラジオで「終戦の詔勅」を聴いた出光は、翌十六日一昼夜でこの長文の訓示を認(したた)めた。「八月十五日正午おそれ多くも玉音を拝し」と書き出し、日本の国体と日本精神にふれながら、出光は事業そのものを目的とするにあらずして国家に示唆を与うるにありと、大家族主義の行者としての信念を訓じた。まさに一言一言肺腑を衝く訓示である。その一端を次に紹介したい。

 「三千年の歴史を見直して、その偉大なる積極的国民性と、広大無限の抱擁力と、恐るべき咀嚼力を強く信じ、安心して悠容迫らず、堂々として再建設に進まねばならぬ」

 「ひとり仏教のみならず、孔孟の教えもまた神州において咀嚼せられて、国民道義の根幹となった」

 「陛下は、任重く道遠し、とおおせられておる。人類に対するわれわれの任務は実に重いのである。戦後の後始末をなし、さらに日本の真の姿を全世界に示し、真の任務が果たされるのは、実に道が遠いのである。重き荷を負いて、遠き道を歩かねばならぬ」

 社員への訓示に出光の心奥が窺い知れる。海賊(・・)の対極にあると言わねばならない。孔子の言われた「利を見ては義を思い、危きを見ては命を授け」(憲問篇)という成人であり、国士(・・)そのものであった。

義は利ゆゑ されど命(いのち)は 人のため 
久要(きうえう)守るは 今の成人   (見尾勝馬『和歌論語』)

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