今月の論語 (2021年10月) |
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浸潤膚受(しんじゅんふじゅ)
子(し)曰(のたま)わく、
浸潤(しんじゅん)の譖(そしり)、
膚受(ふじゅ)の愬(うったえ)、
行(おこな)われざるは、
明(めい)と謂(い)うべきのみ。
子曰、浸潤之譖、膚受之愬、不行焉、可謂明也已矣。
(顔淵第十二、仮名論語一六五・一六六頁)
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〔注釈〕先師が答えられた。「じわじわと浸みこむような悪口や肌を刺すような訴えに、とかく人は動かされやすいものだが、うかつにそれに乗らないような人なら明ということができる」。
会長 目黒泰禪
新型コロナウイルス感染拡大の第五波がなかなか収まらない。感染力の強いデルタ型の流行によるものである。世界保健機関(WHO)によると、南米の一部でミュー型も広がっているという。中国武漢で最初に発生してから、わずか二年間足らずでギリシャ文字十二番目のミュー型の変異株が出現するほど、変異のスピードが速い。最後の二十四番目の文字オメガの半分にまで、ウイルスが進化した。ミューの後がニュー、その次はクサイ、そしてオミクロン…と考えただけでも暗くなる。感染症分科会の尾身茂会長は、デルタ型の拡大などを踏まえ「全ての希望者がワクチン接種を終えたとしても社会全体が守られる意味での集団免疫の獲得は困難」と提言するくらい、この新型コロナウイルスとの共生は難しい。現在接種中の「メッセンジャーRNA」や「ウイルスベクター」ワクチンは、短期間の開発だけに人への長期的な安全性についてのデータの積み上げが十分ではない。しかしワクチンの接種は自らの感染リスクと重症化するリスクを下げる。また米テキサス大学などは七月の調査で、感染した高齢者の後遺症として認知障害が高頻度に起きるという報告を発表している。私と家内は接種を受けた。
孔子の言葉に「浸潤(しんじゅん)の譖(そしり)(水がしみこむようにじわじわと人をそしる言葉)や、膚受(ふじゅ)の愬(うったえ)(傷口にさわるようにするどく訴えてくる言葉)には、とかく人は動かされがちなものだが、そういう言葉にうかうかと乗らなくなったら、その人は明察だといえるだろう。いや、明察どころではない、達見の人といってもいいだろう」(顔淵篇)とある。孔子の生きた時代のみならず、いつの時代でも讒言(ざんげん)讒訴(ざんそ)(いつわりとぬれぎぬ)は存在する。しかし近年は極めて深刻で、ネット上で「浸潤の譖」と「膚受の愬」とが、一緒に一瞬にして拡散する。「ネット上の誤情報は、正しい情報よりも速く、多くの人に伝わってしまう」と、米マサチューセッツ工科大学研究チームが二〇一八年に調査報告を出している。前述のワクチンに当てはめると、「ワクチンは不妊につながる」「ワクチンにはマイクロチップが入っている」さらには「ワクチンはディープステート(闇の政府)の陰謀だ」の類まで及ぶ。因みに日本経済新聞と東京大学鳥海不二夫教授の調査では、「不任につながる」というツイッター上への投稿が今年一月から七ヶ月間に約十一万件あり、その半数の五万件超がわずか二十九人のSNS投稿からリツイート(転載)されたものという。
ネット上に真偽を問わず情報が氾濫し、専門的な知識も入手しやすくなった今日、詩人でもあり植物写生もたしなんだ医学者木下杢太郎の言葉を今一度かみしめたい。できれば彼の詩集『食後の唄』にあるように苦い珈琲を啜(すす)りながら。
「いくら知識を積み重ねても、それでは知識の化け物になるだけだ。それではいかん。人間のためになるようにするには、智慧が必要だ。では智慧を学ぶにはどうすればいいか。古典に親しむことだ。古典には人類の智慧が詰まっている」。
子はのらす 浸潤(しんじゅん)の譖(しん) 膚受(ふじゅ)の愬(さく) 行(おこな)はれざるを 明といふなり (見尾勝馬『和歌論語』)
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