今月の論語 (2021年9月)
近説遠来(きんえつえんらい)

葉公(しょうこう)、政(まつりごと)を問(と)う。
子(し)曰(のたま)わく、
近(ちか)き者(もの)説(よろこ)べば、
遠(とお)き者(もの)來(きた)る。

葉公問政。子曰、近者説、遠者來。 
(子路第十三、仮名論語一九一頁)

〔注釈〕葉公が政治の要道について尋ねた。先師が答えられた。「領内の者が喜べば、領外の者も自ら喜んでやってくるようになります」。

会長 目黒泰禪

 今年の夏は家の中でも沸騰した。地球温暖化による高温とオリンピックの応援によってである。日本は二十七個の金を含む五十八個ものメダルを獲得した。「日の丸」が揚がり「君が代」が流れると、胸にこみ上げるものがある。「より速く、より高く、より強く」と競うアスリートを応援しながらも、いつになく強く日本人であることを意識していた。五十七年前の東京オリンピックに比べ、海外にルーツを持つ選手や外国生まれの選手が増えた。しかし「日の丸」を背負って戦う姿に変わりはない。応援するこちらもついつい力が入り愛国心に火がつく。ともすれば司馬遼太郎が言う「日本人は心の地下を一尺掘ると、攘夷が顔を出す」こともあったが、試合後には国籍を越えて互いに敬意を表すアスリートたちの姿に、いまだ内にくすぶる攘夷を反省させられもした。特に十代の選手が素直にライバルと抱き合う姿は実に清々しく、また頼もしい。これからの地球は彼ら彼女らが担う。コロナウイルス、化石燃料と廃プラスチック、核兵器やAI兵器、差別や貧困など国境を越えて解決すべき課題は沢山ある。ボーダーレスで活躍する若い世代にとって、愛国心はあっても攘夷は無用の長物。「攘夷」は旧い世代のこだわりで、もはや死語となっている。

 この七月一日に中国共産党創立百周年を迎え、習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)は天安門広場で「いかなる外部勢力が私たちをいじめ、抑圧し、奴隷のようにすることも決して許さない。故意にかけようとすれば、十四億人を超える中国人民の血肉で築かれた鋼鉄の長城の前に打ちのめされることになるだろう」と演説した。攘夷を煽(あお)る習氏もまた旧い世代なのであろう。その習氏が五月末の党の集団学習会で「謙虚で、信頼され、愛され、敬われる中国を目指せ」と指示を出したと報道された。孔子の生まれた中国であるから、釈迦に説法かもしれないが、『論語』子路篇に次のような問答がある。楚の一地方である葉(しょう)の領主(葉(しょう)公(こう))から政治の要諦を尋ねられた孔子は、「近(ちか)き者(もの)説(よろこ)べば、遠(とお)き者(もの)來(きた)る(自国の民が喜べば、国外からも喜んでやってくるようになる)」と答えられた。この要道は中国のみならず、日本や欧米、何れの国にも普遍的に当てはまる。新疆ウイグル、チベット両自治区や内モンゴル自治区、香港特別行政区の市民も喜べば、世界から「愛される中国」になると孔子は言われているのである。オリンピック開催国の日本は「近説遠来(きんえつえんらいらい)」の国になったであろうか。

 近きもの 説(よろこ)ばせつゝ 遠きもの 導きたまへ これまつりごと
 (見尾勝馬『和歌論語』)

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