今月の論語 (2021年4月)
楽莫予違(らくばくよい))

人(ひと)の言(げん)に曰(い)わく、
予(われ)君(きみ)たるを
樂(たの)しむこと無(な)し。
唯(ただ)其(そ)の言(い)うことにして
予に違(たが)うこと莫(な)きを樂しむなりと。

人之言曰、予無樂乎爲君。唯其言而樂莫予違也。
(子路第十三、仮名論語一九〇・一九一頁)

〔注釈〕昔の人の言葉に『自分は君主であることを楽しいと思わないが、ただ自分の言うことに対して、さからうこともなく人が従うのは楽しい』と。
会長 目黒泰禪

 依然として世界は新型コロナウイルスの脅威にさらされている。二〇二〇年の実質経済成長率で中国のみが主要国で唯一プラスを維持し、唯一権力基盤を固めた指導者が習近平国家主席であった。昨年六月、香港国家安全法を施行した。これまでの自由な発想や多様な見方を養う教育制度を見直し、国家のアイデンティティ(自己同一性)を重点的に学ぶ教育に移行した。また少数民族に対して国語教育(「国語」「歴史」「道徳」の三科目を中国語に変更)を強化した。この標準語教科書の使用は新疆ウイグル自治区で二〇一七年、チベット自治区では二〇一八年に始まっていたが、昨年には内モンゴル自治区でも始まった。新疆ウイグルでは「宗教の中国化を堅持する」という方針の下、イスラム系少数民族への指導が徹底された。昨秋から中国三十七校の大学で「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想概論」と題した授業が必修化された。

 これらの報道を見るにつけ聞くにつけ、敗戦後の日本がGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって偏向された教育に思いが至ってしまう。日本は自国の有史以来の神話や信仰、文化を取り戻すのに未だ苦悩している。教育を正すには百年の時間を要する。多変数複素解析函数論の数学者岡潔が、日本のことを「そこの人々が、ともになつかしむことのできる共通のいにしえを持つという強い心のつながりによって、たがいに結ばれているくには、しあわせだと思いませんか。ましてかような美しい歴史を持つくにに生まれたことを、うれしいとは思いませんか」(『春宵十話』「日本的情緒」より)と書いている。世界には多くの少数民族が住んでいる。それぞれに固有の民族言語があり、それぞれに「懐かしむ古」と「美しい歴史」を持っているに違いない。言語は民族の魂である。一旦失われると復興は極めて難しい。私の故郷である北海道でのアイヌ語は正にその一例である。

 魯の殿様定公から「一言で国を滅亡させるような言葉はないかな」と問われた孔子は、「一言で必ずこうなると決められる言葉はございませんが、近いものはございます。昔の人の言葉に『わしは君主であることを少しも楽しいと思わないが、ただ、わしの言葉に逆らうようなことを言うやつがいないことだけは楽しい(楽(らく)莫(ばく)予(よ)違(い))』というのがございます」(子路篇、一九〇・一九一頁)と答えられた。

 孔子は「楽莫予違」に続けて、不善を見ても諫言できない国、道義に適わないことを反対できない国は危ういと言われた。強制されることなく自分の意志で、哲学や宗教、民族の歴史や文化などを学び、自分がどう生きるべきかを考える。それが教育のあるべき姿でないだろうか。民族のアイデンティティが先にあり自国を考える。

 善きをりも 君に從ひ 善かざるも 君に背(そむ)かぬ 邦ぞ喪(ほろ)びむ
        (見尾勝馬『和歌論語』)

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