今月の論語 (2021年2月) |
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何憂何懼(かゆうかく)
子(し)曰(のたま)わく、内(うち)に
省(かえり)みて疚(やま)しからざれば、
夫(そ)れ何(なに)をか憂(うれ)え、
何をか懼(おそ)れん。
子曰、内省不疚、夫何憂何懼。
(顔淵第十二、仮名論語一六四頁)
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〔注釈〕先師が答えられた。「自分を省みて、何のやましいところもなければ、一体何を心配し、何を恐れることがあろうか」
会長 目黒泰禪
新型コロナウイルス感染の第三波がますます膨れ上がり、二度目の緊急事態宣言が発令された。英国では感染力が最大で70%も高いという変異種が急速に拡大し、南アフリカでも別の変異種が流行している。日本国内で大規模な流行が続けば、感染力や病原性が変化した変異種が出現して更なる感染拡大を生む恐れもある。タイミングとしてはぎりぎりの再宣言である。一日も早くワクチン接種が全国民に行き届くことを願うばかりである。
この地球上でヒト科ヒト属は、今や七十七億人を越えるが、他のヒト科のオランウータン属は僅か約三万人、ゴリラ属二十万人、チンパンジー属三十万人に過ぎないと推定され、絶滅の危機にある。突出して増加している人類が飼う家畜も、人口に比例している。因みに、凡そ牛十五億頭、羊十二億頭、山羊十億頭、豚十億頭、鶏二百十五億羽であるという。平たく言えば、一人の人間が一頭の家畜と三羽のニワトリを飼っているという図になろう。人類の世界を一変させた新型コロナウイルスだけでなく、家畜の世界においても、欧州からシベリア経由の渡り鳥によってアジアに広がった高病原性鳥インフルエンザが、日本の養鶏場に最悪の被害をもたらしている。これまでサハラ砂漠以南の地域で流行を繰り返していたアフリカ豚コレラも、東欧から中国やベトナムに広がり、世界の豚肉生産の半分近くを占める中国の養豚場で猛威を振るっている。ウイルスによる感染とは、自然界を支配している理法とも言うべき抑制機能なのであろうか。籠っている間に読み耽った小説のせいか、つい暗い未来に傾きがちになる。事実は小説よりも奇なり、ともいうが…。
孔子は弟子の司馬(しば)牛(ぎゅう)から君子について尋ねられた時、「君子(くんし)は憂(うれ)えず懼(おそ)れず」と答えられた上で更に、「内(うち)に省(かえり)みて疚(やま)しからざれば、夫(そ)れ何(なに)をか憂(うれ)え、何(なに)をか懼(おそ)れん」(顔淵篇)、自分を省みてやましいところがなければ、何ら心配や恐れることもない、と孔子は諭された。孔子より約百五十年後の孟子は、若い時分の曾子が孔子から教わったという「自(みずか)ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人(せんまんにん)と雖(いえど)も吾(わ)れ往(ゆ)かん」(『孟子』公孫丑章句上)、本当の勇気というものは、反省してみて、自分の行いが確かに正しいと信じることができた時には、たとえ相手が千万人であろうとも自分は敢然として前に進む、と記している。孟子自身も、斉や梁の国などを遊説しながら、この孔子の言葉によってどれだけ励まされ、勇気づけられ、奮い起ったことであろう。
大学入学共通テストが終わり、今月から各大学の個別入試が本格化する。願わくは、受験生には是非この「何をか憂え、何をか懼れん(「何(か)憂(ゆう)何(か)懼(く)」)で臨んで欲しいし、四月から社会人となる若い人にも「千万人と雖も吾れ往かん」との気概でもって広い世界に飛翔してもらいたい。
君子こそ 憂へず懼(お)じず 省みて やましからざる 人をいふなり
(見尾勝馬『和歌論語』)
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