今月のことば (2020年3月)
立礼成楽(りつれいせいがく)

子(し)曰(のたま)わく、詩(し)に興(おこ)り、禮(れい)に立(た)ち、樂(がく)に成(な)る。

子曰、興於詩、立於禮、成於樂。
 (泰伯第八、仮名論語一〇三頁)

〔注釈〕先師が言われた。「詩によってふるいたち、礼によって安定し、音楽によって人間を完成する」
 会長 目黒泰禪

 かつてオリンピック大会で「芸術競技」があったことはご存知であろうか。建築・彫刻・絵画・文学・音楽の五部門において、スポーツを題材とした作品で競い合い、一九一二年のストックホルム大会から一九四八年のロンドン大会まで存在した。しかし芸術作品を客観的に審査することは極めて難しく、一九五二年ヘルシンキ大会から「芸術展示」に変わった。「前畑ガンバレ!前畑ガンバレ!」の中継で名高い一九三六年ヒトラーのオリンピックとも擬(なぞら)えるベルリン大会で、管弦楽曲『台湾の舞曲』を出品して選外佳作で入賞した日本籍の江(こう)文也(ぶんや)という音楽家がいた。台湾人としても、アジア人としても、欧米と伍して日本の作曲家が入賞した初めての楽曲であった。

 さて東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開幕まで一五〇日を切った。二〇一三年九月八日ブエノスアイレスでのIOC総会、東京への招致プレゼンテーションから七年が過ぎた。高円宮妃久子殿下が、仏語と英語で、東日本大震災への支援に対して感謝を述べられた。その年十月二十六日、私は台北市での孔徳成先生逝世五周年紀念会の晩餐会で、多くの台湾の道友とテーブルを同じくした。孔徳成先生の思い出から、東日本大震災と東京オリンピックの話題に移るのは自然の流れであった。台湾の方々から寄せられた二五〇億円を超える義捐金に対し御礼を申し上げた。オリンピックの東京開催が決まって良かったですねとの祝福に、二〇四〇年大会に台北市が立候補しては如何でしょうかと応えた。「まさか」との多くの反応が返ってきた中で、賛意を表してくれた方が一人おられた。オリンピックは国ではなく都市が立候補するものだから、中国も反対の声を上げないだろうし、況(ま)してや二十七年後のことでもある。台湾の人々だけでなく中国の人も、世界中の華僑も諸手を挙げて賛同するのではないかと。毎朝夕の七時、テレビで「二〇四〇年に台北オリンピックを」のテロップ、BGMに江文也作曲『台湾舞曲』のさわりの部分(聴きどころ)三十秒だけ流すだけでいいと。ところが同席の方々は、台北近郊の小基隆で生まれた江文也の名前も、入賞曲『台湾舞曲』も知らなかった。紀念会の会場を後にしたその足で、中山北路二段にある上揚有声出版有限公司に直行し、CD『台湾舞曲』(陳秋盛指揮・NHK交響楽団)を十枚購入して、桃園国際空港に到着するや否や、台湾の方々にCDを投函して帰国した。

 孔子は「人間は、詩によってふるいたち、礼によって安定し、音楽によって完成する」(泰伯篇)と言われる。江文也はその孔子の音楽を是非とも復興しなければならないと、北京孔子廟で春秋二度催されていた釋奠(せきてん)の楽を採譜し、一九三九年に交響曲『孔廟大成楽章』を完成させた。前述のCDには共にこの曲も収録されている。

 来る七月二十四日の東京オリンピック開会式を目にしたら、『台湾舞曲』と「二〇四〇年に台北オリンピックを」をも想起して頂けたら喜びこの上ない。

 人はみな 詩經にはぢめ 禮學び 樂にをはれば いともめでたし
 (見尾勝馬『和歌論語』)


論語温習会にて(乾理事撮影)

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