今月のことば (2019年10月)
不得中行(ふとくちゅうこう)

子曰わく、中行(ちゅうこう)を得(え)て之(これ)に與(くみ)せずんば、必ずや狂狷(きょうけん)か。狂者(きょうしゃ)は進みて取り、狷者(けんしゃ)は爲(な)さざる所有(あ)るなり。

子曰、不得中行而與之、必也狂狷乎。狂者進取、狷者有所不爲也。(子路第十三、仮名論語一九五頁)


〔注釈〕先師が言われた。「中庸の道を歩む者と行動を共にしたいと思うが、それができないのであれば、せめて狂狷の者と行動を共にしたい。狂者は高い目標に向かってまっしぐらに進もうとする者であり、狷者は節操が固く悪いことは断じて行わない者だからである」 会長 目黒泰禪

  「かりにここに一人の青年がいて、たとえば紅葉した丘陵の樹々がいっせいに風に揺れ、渓谷の水が清冽な響きをたてて流れるのに面して、何かの感慨にふけりながらたたずんでいたとする。ところで、その青年に対して自然の美に心を奪われるよりは政治問題について考慮すべきだと薦めうる確固たる論理が本当にあるのだろうか」(高橋和巳著『孤立無援の思想』)

 この問いに答え得る知識なり、主張し得る思想を学生時代の私は持ち合わせていなかった。しかし政治に無関心のままでいいのかとの自問が残った。あれから半世紀、一九七一年に三十九歳の若さで亡くなった高橋和巳・京都大学文学部助教授の本に、影響を受けた学生でもあった。香港で生まれ育った学生であれば、否応なしに政治問題を切論するであろう。香港では六月以降、「逃亡犯条例」改正案をきっかけに大規模な抗議行動が続いている。デモ隊とそれを強制排除する警察官との衝突がエスカレートし、学生やデモ参加者の要求も条例改正の問題を超えて、普通選挙の導入等の政治改革を求める運動になってきた。学生だけにとどまらず、法曹関係者や医療従事者、会計士、教員等々にも連帯が拡大する。教員らのデモでは二万二千人(主催者発表)が参加し、「次の世代を守れ」「学生を守れ」と声を上げた。参加の高校女教師は「物事への批判的思考を養うのも私たちの役割」と話す。九月二日から新学期が始まったが、制服姿の中高生も授業ボイコットに参加する。遅きに失したが九月四日、林鄭月娥行政長官は「逃亡犯条例」改正案を正式に撤回した。しかし、有権者が一人一票を投じる普通選挙の実施等の政治改革は何れをも拒否した。普通選挙の導入は、五年前の「雨傘運動」でも実現しなかった。

 この『論語の友』十月号が手元に届く頃、中華人民共和国は建国七十周年を迎える。アヘン戦争で英国の螟蛉(めいれい)(養子)にとられた我が子が、一五五年ぶりに戻ってきたものの、親元の家風やしきたりに馴染まずに身勝手な振る舞いをすると親には映るのであろう。中国国防相の報道官は「香港政府の要請があれば中国人民解放軍の出動が可能」と牽制し、香港マカオ事務弁公室主任も「香港政府が制御できない動乱が起きれば、中央政府は決して座視しない」と剣光帽影をちらつかせる。あの三十年前、学生の民主化運動を「動乱」の一言で人民解放軍が鎮圧した。

 「中行(ちゅうこう)を得(え)て之(これ)に與(くみ)せずんば、必(かなら)ずや狂狷(きょうけん)か」(子路篇)と言われる孔子である。現体制下では実現不可能に近い要求を掲げる学生と、孔子は老羸(ろうるい)にあっても與(くみ)するだろう。

 狂者こそ 進みてとらへ 狷者こそ 不善をなさず ともにわが友
        (見尾勝馬『和歌論語』)


村下好伴先生著書出版記念祝賀会にて

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