今月のことば (2019年4月)
如何如何(じょかじょか)

子曰く、之(これ)を如何(いかん)、之を如何と曰わざる者は、吾之(われこれ)を如何ともする末(な)きのみ。

子曰、不曰如之何如之何者、吾未如之何也已矣。
(衛霊公第十五、仮名論語二三四・二三五頁)
〔注釈〕先師が言われた。「これはどうしよう、これはどうしようと常に自分に問いかけないような者は、私にもどうしようもない」
会長 目黒 泰禪

 「これを如何(いかん)、これを如何」と疑問を持てということである。聖人が述べたという語録であっても、所詮、人間の作ったもので、天に照らして絶対に誤りがないとは言えない。常に己の足らざることを感じながら、孔子は研鑽に研鑽を重ねて息を引き取った。「これを如何、これを如何」と言いながら進んでいく、これが進歩である。死ぬまで「これを如何、これを如何」と続けていきたい。以上の言葉は、今年八十八歳になられる村下好伴相談役の久敬の会百回記念大会における御講義である。

 五年前からずっと待っていた朗報が届いた。二月二十二日、探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」に一回目の着陸(タッチダウン)に成功した。二〇一四年十二月三日に打ち上げられて以来、この日を待ちに待っていた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の着陸成功を伝える会見で、佐伯孝尚フライトディレクターは「しつこいくらい論議して、しつこいくらい観測して、はやぶさ2チーム全体の、しつこさが実った」と語った。この後、上空から金属弾を地表に撃ち込んでクレーター(窪地)をつくり、地下に埋もれた物質を採取するという挑戦が控えている。最終的には、二〇二〇年末に「りゅうぐう」の岩石や物質を入れたカプセルを地球に届けるのが使命である。小惑星は四十六億年前の太陽系ができたばかりの痕跡を残すとされ、「りゅうぐう」の岩石を分析できれば、地球の成り立ちや生命誕生の謎の解明に役立つと期待されている。

 今から九年前の二〇一〇年六月十三日、初代「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」を往復し、七年間に亘る六十億㎞の旅、幾多の困難を乗り越えて地球に帰還した。大気圏に突入して火球となって燃え尽きた「はやぶさ」の映像は、今も鮮明に脳裡に浮かぶ。その二ヶ月後の盆明け十八日午前中に東京で会議があった。帰りの新幹線の乗車を前にして、車中での一冊にと丸善本店に立ち寄ったところ、偶々『おかえり、はやぶさ』展が開催されていた。「はやぶさ」が届けたカプセルを目にし、感激と同時に幾ばくかの感傷を伴った覚えがある。自らを犠牲にしてカプセルを届けた、その姿にである。

 「はやぶさ2」はどの辺りだろうと時折、余寒の星空を見上げる。勿論、肉眼で見えないのは解っている。が、つい視てしまう。是非とも地球に無事帰還し「りゅうぐう」のかけらを届けて欲しいと願う。ピアニスト辻井伸行の『はやぶさ 遥かなる帰還』を聴くと、丸善での邂逅につながる。我々も『論語』の普及に「しつこく、しつこく」「これを如何、これを如何」と進み、『論語』の心髄を次世代に贈り届けたい。荼毘(だび)に付されるまで。

 如何せむと 聞かざるのみか わが思ふ まゝなす人や 救ふすべなし
        (見尾勝馬『和歌論語』)


孔德成先生百年紀念会にて。前列左より森田理事・筆者・緑川浩司㈻昌平黌理事長・伊與田恵子様、後列左より松本優梨東日本国際大学教授・井上顧問・安斎理事・河野様・伊與田由起様・黄銘志臺南大學教授

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