今月のことば (2018年10月) |
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怪力乱神(かいりょくらんしん)
子、不語怪力亂神。(述而第七、仮名論語八八頁)
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〔注釈〕先師は、弟子達には、妖怪変化とか、腕力ざたとか、乱倫なこととか、神秘的なこととかは話されなかった。
今年の夏は本当に暑かった。最高気温が四〇度を超す地点が相次ぎ、猛暑日を観測した地点の数は過去最多とのこと。この最中、全国高校野球選手権大会が行われた。大阪桐蔭が、東北勢として初の優勝を目指した秋田県の金足農業に勝って、二度目の春夏連覇を成し遂げた。若い頃は家族で甲子園球場に足を運んだが、最近は専らテレビ観戦である。先ずは故郷の高校を応援し、次には地元を応援し、その次には父祖の地を応援する。これらの高校が勝ち残らないと、応援の熱がぐんと冷めてしまうが、しかしそれでも何らかの縁、時には判官贔屓で、決勝まで応援してしまう。
今年は第一〇〇回の記念大会として「甲子園レジェンド始球式」が行われた。かつて甲子園を沸かせた名選手による始球式である。開会式後の開幕試合は、大分県代表の藤蔭高校と石川県の星稜高校の試合であった。その始球式のマウンドに立ったのが、星稜OBで巨人やヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏である。「ゴジラ」と呼ばれた松井選手は、一年生から出場し、二年生で四強入りに貢献、三年生の夏は高知の明徳義塾との二回戦で五打席連続敬遠を受けた。その松井先輩のボールを後輩山瀬捕手のミットが受けるという最高の演出であった。いや、演出ではない。偏に偶然の重なりであった。星稜による第一試合だから松井氏が開幕始球式に登板した訳でなく、また松井氏による開幕始球式だから星稜が第一試合となった訳でもない。偶然と強運が連続して、先輩後輩の始球式と相成った。孔子が観戦していたならば、この始球式を何と表現したであろう。不可思議なことを語らない孔子である。
それにしても、松井氏は何と強運であろう。「甲子園レジェンド始球式」に登板する十八人の名選手の中で、松井氏が開幕第一試合に登板することは六月の段階で決まっていた。代表校五十六校の組み合わせ抽選会で、星陵の竹谷主将が第一試合の籤を引き当てた。その後のじゃんけんでも、竹谷主将は勝って後攻めを選択した。何よりも先ず、星稜が県大会で勝って甲子園出場を決めなければ成立しない。四つの強運に恵まれたのである。翌朝の日経新聞に「野球の神様が粋な計らい」とあった。道元禅師の言を借りれば「宿善の助くるに依りて」、露伴であれば「天の配剤」か。しかし、怪力乱神を口にしない孔子は、この偶然の重なりにはあえて言及しないかもしれない。孔子の生涯はむしろ順境とは言い難く、松井選手の強運には羨望も混じったであろう。
後輩への渾身の一球は、力が入ってしまいワンバウンド投球となった。「この歳になって甲子園の魔物に襲われるなんて」と松井氏は照れて語ったが、幸運をもたらす愛嬌ある魔物や物の怪ならば、孔子も「来来(らいらい)」であろう。日常に笑みをもたらす物の怪であれば、こぞって招きたい。
子のつねに 語りまさざる 四(よ)つのもの 怪力亂神 君おそれます
(見尾勝馬『和歌論語』)
西日本豪雨に続く台風二十一号と北海道地震に胸が塞がり、言葉もみつかりません。被災された皆様に衷心よりお見舞い申し上げますと共に、速やかなる復旧復興を念願するばかりでございます。
会長 目黒 泰禪
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