今月のことば (2018年8月)
不改是過(ふかいぜか)

子曰、過而不改、是謂過矣。(衛靈公第十五、仮名論語二三九頁)

〔注釈〕先師が言われた。「過って、それに気付きながらも改めないのを、本当の過ちというのだ」

 地震と未曾有の豪雨で日本各地に大変な被害が出ております。お見舞い申し上げますと共に、被災地の復旧と皆様の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

 「インシネレーテッド(焼却され)、ヴェーパライズド(蒸発し)、カーボナイズド(炭化しました)」、一瞬、化学工場の反応過程のような英語が、字幕より先に耳に入り身の毛がよだった。「私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅しました。住民のほとんどは市民でした」に続いての三つの単語であった。昨年十二月十日、オスロでのノーベル平和賞受賞式で非政府組織核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の広島被爆者サーロー節子さんの演説である。十三歳の時の生々しい体験を語り、「広島や長崎で亡くなった人々の存在を感じてほしい。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死を無駄にしてはいけない」と訴えた。
 同じ日、ストックホルムのノーベル文学賞晩餐会で作家カズオ・イシグロは、「のーべるしょう」と「へいわ」という二つの日本語を交えてスピーチした。英国移住前の五歳の時、長崎の家で畳に腹ばいになってダイナマイトを発明した化学者ノーベルの本を読んでいた際に、十四年前に被爆した母親が「その人が、ダイナマイトの使われ方を心配してノーベル賞を作ったのよ」と教えてくれた、と語った。

 奇しくも広島と長崎での被爆体験と平和への願いが語られた、この日の授賞式は忘れられない。昨年七月、国連で核兵器の開発や保有、使用を禁じる核兵器禁止条約が、一二二ヶ国の賛成を得て採択された。ただ米国やロシア、中国など核兵器保有国と「核の傘」の下にある日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)諸国は参加していない。
 トランプ政権は今春二月、核戦略指針を八年ぶりに改正した。小型の「使える核兵器」を開発し、通常兵器やサイバー攻撃にも核の反撃を辞さないという。プーチン大統領もまた、二〇一四年にロシアがクリミア半島をウクライナから奪取した際、射程が短く爆発規模も小さい「戦術核兵器」の使用も辞さないとの構えだった。中国は、「戦術核兵器」を軸にした核戦略を打ち出した米国への対抗心を顕にする。六月十二日、米朝首脳会談では共同声明に朝鮮半島の完全非核化が記されたが、具体的な道筋や弾道ミサイル廃棄への言及はない。
 残念なことに人類は「過(あやま)ちて改(あらた)めざる」(衛霊公篇、二三九頁)生き物らしい。八月六日九日の人類の過ちから七十三年経った現在も、なお地球上に一万五〇〇〇個の核兵器が存在する。あまつさえ「使える核兵器」を増やそうとしている。核保有国の「使える核兵器」戦略が、使用の敷居を低くして、再びの過ちを犯そうとする。地震・津波・台風・噴火など自然の猛威には抗(あらが)えない。禁止できない。しかし人類の核兵器には抗える。禁止できる。

 過(あやま)たば 改むべけれ 過つも 改めざるや 眞の過ち
       (見尾勝馬『和歌論語』)

会長 目黒 泰禪

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