今月のことば (2018年6月)
「孔子の弟子」(三十二)
‐子貢(九)‐

 『左伝』を読むと、子貢は呉の大宰嚭(ひ)と三度、公式に魯を代表して会っている。哀公七年に○(しょう)(曾子の曾に阝偏)の地で、哀公十二年には橐皐(たくこう)と鄖(うん)の地で会談している。その何れかの機会に、孔子について尋ねられたのであろう。「大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)うて曰(い)わく、夫子(ふうし)は聖者(せいじゃ)か。何(なに)ぞ其(そ)れ多能(たのう)なるや。子貢(しこう)曰(い)わく、固(まこと)に天(てん)之(これ)を縱(ゆる)して將(まさ)に聖(せい)たらしめんとす。又(また)多能(たのう)なり。子(し)之(これ)を聞(き)きて曰(のたま)わく、大宰(たいさい)我(われ)を知(し)れるか。吾(われ)少(わか)かりしとき賤(いや)し。故(ゆえ)に鄙事(ひじ)に多能(たのう)なり。君子(くんし)は多(おお)からんや。多(おお)からざるなり」(子罕篇、一一二・一一三頁)宰相嚭が子貢に尋ねた。「孔先生はほんとうに聖人であられるか。聖人ならば多能ではないはずだが」。子貢は答えた。「お言葉の通り、天が生まれながらに聖人となることを許された方で、しかもその上に多能でいらっしゃるのです」。この話を聞かれた孔子は、「大宰殿は子貢よりも私のことを理解されているかもしれない。私は若い時に卑賤であったから、ついつまらないことに多能になった。君子は多能だろうか、いや、多能ではない」と言われた。

 この章句での私の解釈は、新注の朱熹の説―聖人でほんとうに多能な方ですねと感心して質問した―を採用しない。古注の皇侃の解釈―ほんとうに聖人なら俗事に秀でる筈がないと疑問に思って質問した―を採用した。孔子は聖人が多能な人物とは思っていない。そのことは、自分の多能は若かりし時の貧しさ故に已むを得ずそうなった、と言うところに顕れている。「言語には子貢」らしからぬ要領を得ない返答は、子貢自身も聖人が多能とは思っていないからである。苦しまぎれの一言であろう。

 かつて子貢は孔子に士のことを質問している。「子貢(しこう)問(と)うて曰(い)わく、如何(いか)なるか斯(こ)れ之(これ)を士(し)と謂(い)うべき。子(し)曰(のたま)わく、己(おのれ)を行(おこな)うに恥(はじ)有(あ)り、四方(しほう)に使(つかい)して君命(くんめい)を辱(はずか)しめざるは、士(し)と謂(い)うべし」(子路篇、一九三~一九五頁)些(いささ)かも恥じることがないように行動し、諸外国との交渉においては君命を辱めないよう完遂するのが士というものだ、と孔子から誨(おし)えられていた。この経緯があったからこそ、孔子は大宰嚭との受け答えを問題にした。他国の宰相に対して、何故、末席にある私を聖人と言うのか。我が殿を辱めることになるとは思わなかったのか。第一、私は聖人ではない。真面(まとも)に答えるとは何と愚かな。詩の一節を引用して、殿を辱めずに私のことも答えることができたであろうにと、孔子は「不能専対」の章句を子貢に向けて言われたのである。

 では君命を辱めない詩経の活用とはどのようなものか、一興(いっきょう)までに断章取義を試みたい。大宰嚭からの質問が、孔子が魯国を去って遍歴している哀公七年の時であれば、「(彼(か)の黍(しよ)離離(りり)たり、彼(か)の稷(しよく)之(こ)れ穗(ほ)あり)行(ゆ)き邁(ゆ)くこと靡靡(びび)、中心(ちゆうしん)醉(ゑ)ふが如(ごと)し」(王風・黍離(しょり)篇)はどうであろうか。西周の宗廟宮殿の跡に空しく今や黍(きび)や稷(こうりゃん)が生い茂り、あてどなく酔ったように彷徨(さまよ)うばかり、という亡国の嘆きの詩である。遥か昔の西周のことであるから、魯の哀公を貶めることなく、この詩の鬱々として漂泊するさまを孔子に重ねて表現できるのではないだろうか。

 孔子が魯に帰国後の哀公十二年の時であれば、「思(おも)ひ疆(きは)まり無(な)し(馬(うま)の斯(こ)の臧(よ)きを思(おも)ふ)、思(おも)ひ期(かぎ)り無(な)し(馬(うま)の斯(こ)の才(さい)あるを思(おも)ふ)」(魯頌(ろしょう)・駉(けい)篇)という原意が哀公の祖先僖公(きこう)の徳を称賛した詩を引用するのはどうであろうか。孔子も断章取義した「思(おも)ひ邪(よこし)ま無(な)し(馬(うま)の斯(こ)の徂(ゆ)くを思(おも)ふ)」の前二節である。孔先生の希求されるところは疆(きわ)まり無く期(かぎ)り有りませんので、弟子の私さえも計り知ることができません。ましてや我が殿が先生をご理解できないのは無理からぬことと存じますと応じていたならば、哀公を辱めることなく、「聖」の字を遣わないで孔子を表現できるのではないだろうか。

(続く)

会長 目黒 泰禪

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