今月のことば (2018年3月)
女器瑚璉(じょきこれん)

子貢問曰、賜也如何。子曰、女器也。曰、何器也。曰、瑚璉也。
(公冶長第五、仮名論語四九頁)
〔注釈〕子貢が尋ねた。「私はどんな人物でしょうか」。先師が答えられた。「お前は器である」。子貢は尋ねた。「それではどういう器でしょうか」。先師が答えられた。「お前は宗廟の祭りに用いる大切な器だ」。

 孔子から「女(なんじ)は器(き)なり」と言われた瞬間、子貢はむっとしたに違いない。日頃、孔子の「君子(くんし)は器(うつわ)ならず(できた人物は、特定の働きを持った器械のようではない)」(一六頁)を耳にしていたから不満であったろう。しかし「瑚璉(これん)なり」との言葉には、最高の器、つまりどんな高い地位でも立派にやっていけるというお墨付きを孔子から戴いたようなもので、子貢は得心した。孔子の諭し方の絶妙さである。
 二月十三日、将棋で初めて永世七冠を達成した羽生善治竜王(四七才)と、囲碁で二度の七冠独占を果たした井山裕太本因坊(二八才)に国民栄誉賞が授与された。将棋界、囲碁界で初めての国民栄誉賞である。天才集団といわれるプロ棋士の中でも両氏は傑出しており、実に相応しい。正に「瑚璉(これん)」である。
 ところで昨年二月号の「今月のことば‐君子(くんし)不器(ふき)‐」で取り上げた英ディープマインド社の人工知能(AI)は、更なる進化を遂げていた。昨年十月、人間の知識なしで囲碁を極める「アルファ碁ゼロ」を開発したと発表した。AIに囲碁のルールだけを教え、後は独学で世界最強になったという。どのくらい強いのか。二〇一六年三月に世界トップ棋士の韓国李世ドル(イセドル)(石の下に乙)九段に四勝一敗で圧勝した「アルファ碁」と対戦して、一〇〇戦全勝。更に昨年五月に世界最強といわれる中国の柯(か)潔(けつ)九段に三連勝した「アルファ碁マスター」にも、六〇勝四〇敗と大きく勝ち越した。従来は大量のプロ棋士の対局データ―を学習して強くなったが、「アルファ碁ゼロ」は人が手本を示さなくてもAI同士の対局を繰り返し、独学で勝率の最も高い打ち方を編み出した。当初はランダムに石を並べていたが、自己対戦を繰り返すことで急速に上達。実験三日後(自己対局四九〇万回)に、「アルファ碁」に一〇〇戦全勝をあげた。人間がこれまでの歴史の中で考案した定石も独自に発見。実験四十日後には自己対戦数が二九〇〇万局に達し、「アルファ碁マスター」を上回る強さとなり、未知の定石も操るようになったという。ディープマインド社のデミス・ハサビス最高経営責任者は、柯潔九段に勝利した際に「人間と対局するのはこれが最後」と語っていたが、その後もAIの改良を続けたのは「人間に一切頼らないAI」の目標があったためという。これまでは人間の積み重ねた知見の延長線上の強さにすぎないとの指摘もあったが、ゼロからAIが独学することで、人間の発想にとらわれないAI「アルファ碁ゼロ」が誕生した。
 ただその思考や意思決定のプロセスは、人間から見えない。与えられた目的と枠組みの範囲内とはいえ、自ら学習し行動するAIには、暴走はないのだろうか。二〇四五年に、AIが人知を越える「シンギュラリティ(特異点)」を迎えるというが、AIの進化のスピードは予想以上に速い。既に昨年十一月、人工知能が判断して動かす兵器に関する国連公式専門家会議がスイスで開かれた。「殺人ロボット」を禁止するためである。世界の純真な子供たちにとってのロボットは手塚治虫の『鉄腕アトム(ASTRO BOY)』であろうが、邪(よこしま)な権力者にとってのロボットはアーノルド・シュワルツェネッガー主演で人類に反旗を翻す『ターミネーター』かもしれない。

 子はのらす 汝(いまし)や器(うつは) さりながら 器の中(うち)の 瑚璉(これん)なり賜(し)よ
       (見尾勝馬『和歌論語』)

会長 目黒 泰禪

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