今月のことば (2018年2月)
無適無莫(ぶてきぶばく)

子曰、君子之於天下也、無適也、無莫也、義之與比。
(里仁第四、仮名論語四一頁)
〔注釈〕先師が言われた。「君子が政治にあたる時には、是非ともこうしなければならないと固執することもなく、絶対にこれはしないと頑張ることもない。ただ道義に従っていくだけだ」

 エルサレムには三つの宗教の聖地が集まる。ユダヤ教の礼拝場所「嘆きの壁」とイスラム教の預言者ムハンマドが昇天した「岩のドーム」、そしてキリストが処刑されたゴルゴダの丘「聖墳墓教会」。
 昨年十二月六日、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都として公式に認めると発表した。米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移すという大統領選挙での公約実現の為、国際社会の反発を押し切っての強行である。すると直ちに国連安全保障理事会と国連総会の緊急特別会合が開催され、米国の決定撤回を求める決議が賛成多数で採択された。安保理は米国以外の総ての国が賛成、特別会合では一二八ヶ国の国々が賛成した。
 一九四七年のパレスチナ分割決議で国連はエルサレムを国際管理下に置くとした。イスラエルが四八年の第一次中東戦争で西エルサレムを獲得。六七年の第三次中東戦争で東エルサレムも占領。イスラエルはエルサレムを恒久的首都と宣言したが、パレスチナ側は東エルサレムを将来の独立時の首都と位置付け、対立した。九三年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)で、パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長とイスラエルのラビン首相がお互いを承認し、エルサレムの最終的な地位は後の交渉に委ねると決めた。
 それにも拘(かかわ)らずである。トランプ氏は一昨年の米国大統領選で米大使館の移転を公約の一つに掲げ、掲げるだけならまだしも当選した。そして今度は、大統領として公約実現に拘(こだわ)った。冒頭の章句にある通り、君子が天下の物事を司る場合には「無適無莫(ぶてきぶばく)【適(てき)も無(な)く、莫(ばく)も無(な)し】」固執しないであり、何よりも義に従うということである。イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が共存するという中東和平の原則を揺るがせにしても、公約に固執する。何処に従うべき義が存在するのであろうか。『論語』には「意(い)毋(な)く、必(ひつ)毋(な)く、固(こ)毋(な)く、我(が)毋(な)し【独善でなく、執着せず、偏見せず、利己でない】」(子罕篇、一一一頁)ともある。「意必固我」の四つを絶つ人物が国の指導者であって欲しいのだが、典型的に「意必固我」な人物が国の指導者に選ばれた。民主主義の辿(たど)り着く成熟とは…。
 ところで、十二月二十七日にイスラエルの運輸・道路安全相が、建設中のテルアビブとエルサレム間の高速鉄道を、聖地「嘆きの壁」まで延伸し、その駅名を「ドナルド・トランプ駅」にすると表明した。大統領(だいとうりょう)を降りる終着駅か、大統領に執着する駅か。四年後に駅は完成する。

 思ふまゝ なすもなさぬも 義理こそは 天下を治むる 人の道かな
       (見尾勝馬『和歌論語』)

会長 目黒 泰禪


金蘭研修会にて

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