今月のことば (2017年10月)
一言喪邦(いちげんそうほう)

曰、一言而可以喪邦、有諸。孔子對曰、言不可以若是其幾也。人之言曰、予無樂乎爲君。唯其言而樂莫予違也。如其善而莫之違也、不亦善乎。如不善而莫之違也、不幾乎一言而喪邦乎。
〔注釈〕(魯の定公が)「ただ一言で国を滅亡させることができるような言葉はないかな」と尋ねられた。先師が答えられた。「ただ一言でそうできるものはございませんが、近いものはございます。昔の人の言葉に『わしは君主であることをちっとも楽しいと思わぬが、ただ、わしの言葉に逆らうようなことを言うやつがいないことだけは楽しい』というのがございます。もし君主が正しい場合なら、逆らう人がいないのも、もちろん結構でございましょう。しかし、もし君主が正しくない場合にも、逆らう人がいないことを意味するのでしたら、この言葉こそ、一言で国を滅亡させることを期待させるものでございましょう。」

 誰も止められない。誰も説得できない。『論語』に、殷王朝の紂王の暴虐無道を諫めて、腹違いの兄の微子は紂王を見棄てて去り、叔父の箕子は紂王の奴隷とされ、やはり叔父の比干は激しく諫めて殺された、という章句がある。「微子は之を去り、箕子は之が奴と爲り、比干は諫めて死す」(微子第十八、二八〇頁)である。そっくり当て嵌まるかのように、叔父の張成沢氏は処刑され、腹違いの兄金正男氏はマレーシアで暗殺された。もう誰も金正恩氏を諫めるような人物はいないのであろうか。さぞかし「わしの言葉に逆らうようなことを言うやつがいないことだけは楽しい」の心境か。国際社会から非難されようが、国連安保理から制裁を受けようが、何処ふく風。北朝鮮は九月三日、六回目の核実験に踏み切った。広島に投下された原爆の十倍の威力という。今年だけでも既に十三回、ミサイルを発射している。七月に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を実験したほか、八月二十八日には日本の上空を越えてミサイルも放っている。挙句に、このICBM搭載用の水爆実験である。
「唯其の言うことにして予に違うこと莫きを樂しむなり」の後に、「一言にして邦を喪ぼすに幾からずや」と記述が続く『論語』を知らないのであろうか。ハングル語版『論語』はないのであろうか。さりとて初代ドイツ帝国宰相ビスマルクの名言「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」は知っていよう。
 ロシアのプーチン大統領がこの二日後、BRICSサミット閉幕に当たって演説した。プーチン大統領の見方は「金正恩委員長は、イラクで欧米の介入によってフセイン政権が打倒され、内戦状態に陥った状況を目の当たりにし、北朝鮮はイラクの二の舞にはならないという決意を固めた」とのことである。歴史に学んだ結果の挑発なのであろうか。二〇〇三年の、まるでテレビゲームのような、巡行ミサイルや爆撃機で首都バグダードを空爆する映像が頭を過る。
 諫言する臣下のいない独裁者は、国家を喪ぼす。諫言する部下のいない独善経営者は、会社を過つ。伴侶の助言に耳を傾けられない主人もまた、家を斉えられない。多く聞きて疑わしきを闕き、ともあったなぁ。「おぉい、『論語』何頁だ」。

君の命 ほしいまゝなる 御邦こそ 喪び果てなむ 邦となるらめ
 善きをりも 君に從ひ 善かざるも 君に背かぬ 邦ぞ喪びむ
       (見尾勝馬『和歌論語』)

会長 目黒 泰禪


「世直し祈願萬灯行大会」 内宮参道にて

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