今月のことば (2017年2月)
子曰、君子不器。
(爲政第二、仮名論語一六頁)
子曰わく、君子は器ならず。(為政第二)
〔注釈〕先師が言われた。「できた人物は、特定の働きを持った器物や器械のようではない」

 「アルファ碁」に勝ちたい、という願いをこめて昴を見上げる少年少女がいるのではないだろうか。アルファ碁というのは、米国グーグル社の英国子会社ディープマインド社が開発した人工知能(AI)の名前で、コンピューター自らが学んで進歩するディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法を取り入れた囲碁ソフトである。昨年三月、アルファ碁が、世界トップクラスの韓国プロ棋士李世 九段に五番勝負を挑み、囲碁界の予想を覆し、四勝一敗で圧勝した。李九段はこの対戦の数日前に井山裕太六冠に勝っている。この勝負をインターネットで観戦した井山六冠が「李九段が負ける姿を想像していなかった」と述べている。ディープマインド社最高経営責任者であり開発者でもあるデミス・ハサビス氏のインタビューを聞いて、驚異というか脅威さえ感じた。アルファ碁に直観力を身につけさせるため十五万局の棋譜を記憶させ、創造性を生みださせるためにアルファ碁同士(自分自身との対局)で三千万局も対戦させたとのことである。三千万局という数字は、棋士が毎日一日十局打ったとしても、なんと八千二百年もかかる。人間には不可能である。この局数がAIに、コンピューターが得意とする情報処理の速さ「読み」に加えて、どのように打てば勝率が高いか局面全体を把握する能力「大局観」を持たせた。李九段が「アルファ碁の数ケ月前の対局を見た時、まだ弱いと感じた。短期間でここまで強くなるとは思わなかった」と語っていたが、宜うかなである。
 同じく昨年十一月、日本のAIの囲碁ソフト「ディープゼンゴ」は、趙治勲名誉名人と対決して一勝二敗で退けられた。新聞の見出しは『国産囲碁AI敗れる』である。この観戦記者の心理もまた、諾うかなである。
 正月二日、囲碁対局のウェブサイト上で、「マスター」と名のる謎の棋士が井山六冠を破り、続く三日には、世界ランキング一位の中国棋士柯潔九段と同三位の韓国棋士朴廷桓九段を破った。この対戦成績六十勝無敗の正体不明の天才棋士「マスター」が、実は「アルファ碁」の進化版であることをハサビス氏が明らかにした。やはり、と納得した。
 「三人寄れば文殊の知恵」という諺があるが、人間の場合は精々三人プラスアルファの智慧である。しかしAIの「三人(三台)寄れば」というのは、クラウド(コンピューターネットワーク)で一瞬に繋がり、一台は三台の能力と成り、三台ずつの能力を持ったAIが三台繋がると、即ち九台プラスアルファの智慧となるのではないだろうか。もしかしたら三の三乗の台数なのかも知れない。これでディープラーニングを繰り返されたら、とても敵わない。人間を超えてしまう。AIは、疲れを知らない(死を知らない)し、第一、私利私欲に走らない。「器如君子」AIは君子の如しとなるのか、それこそ「君子如器」君子はAIの如しとなるのか。
 ただオックスフォード大学人類未来研究所のアンダース・サンドバーグ博士が語った「人工知能の本当の恐ろしさは、人間を敵視することではなく、人間に関心がないことです」との言葉が忘れられない。人工知能は、♪ほのぼの明かりて 流るる銀河 オリオン舞い立ち スバルはさざめく♪(『冬の星座』歌詞・堀内敬三)にも関心がない。
 
君子こそ 器ならずつねに いづくにも
  いづれの人にも つくす人なり
          (見尾勝馬『和歌論語』)
論語普及会副会長 目黒泰禪

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