今月のことば (2016年12月)
原壤、夷して俟つ。子曰わく、幼にして孫弟ならず、長じて述ぶること無く、
老いて死せず。是を賊と爲す。杖を以て其の脛を叩く。
原壤夷俟。子曰、幼而不孫弟、長而無述焉、老而不死。是爲賊。以杖叩其脛。
(憲問第十四、仮名論語二二五頁)
〔注釈〕孔子の幼なじみの原壌がうずくまって先師を待っていた。先師は原壌に言われた。「幼い頃は従順でなく、大人になってからもこれといった善行もなく、そのまま生きながらえている。これを社会の賊というのだ」そして杖で諭すように脛を打たれた。

 今年のノーベル生理学・医学賞は、細胞の自食作用の仕組み解明で、大隅良典教授が受賞した。日本人のノーベル賞受賞は三年連続となり、二十五人目(米国籍を含む)である。実は文学賞をも期待していた。我が国は、英国シェークスピアよりはるか六百年前、中国『三国志演義』羅貫中よりも四百年前に、紫式部が『源氏物語』を書いているという国柄である。ノーベル賞創設から一一五年の歴史で、文学賞を受賞した日本人作家は川端康成と大江健三郎の二人である。英語や他言語への翻訳が進んでいないということが大きい。然しながら英語を苦にしないというか、英語で自在に小説を書く高名な日本人作家が二人いる。一人はイギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いているカズオ・イシグロ(五歳で渡英、英国籍)。もう一人が今年の英国ブックメーカー(賭け屋)でノーベル文学賞の有力候補一位となった村上春樹である。
 二〇一二年に山中伸弥教授がiPS細胞の開発でノーベル賞を受賞した時から、生理学・医学賞と文学賞を関連して思うようになってしまった。一九九六年クローン羊ドリーが誕生した。イシグロは『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』という小説で、臓器提供のためだけに生を与えられているクローン人間を主人公に描いた。その邦訳版を読み、慄然とした。iPS細胞による再生医療の進展で、このようなあるまじき社会は来ないと安堵する一方、反面「不老不死」や「老而不死」を邪に願う人間が出るという不安も過った。大隅教授も「最近は再生医療が注目されていますが、一部の人たちだけで決めるのではなく、社会的なコンセンサス(同意)が必要なはずです」「このままでは人類は真の意味で豊かにならないのではないかと危惧しています」と述べている。クローン人間はいないと信じたいが、難病の兄姉を救うために産み落とされた弟妹が、既に英国米国では存在しているし、遺伝子情報を操作された「デザイナーベイビー」も存在している。「生老病死」の「生」さえも操作され、「不老不死」や「老而不死」の社会が実現したならば、かけがえのない命・はかない命・いとおしむ・いつくしむ・おもいやる、このような言葉は死語となるのではないだろうか。無常を忘れた人類の行く末は如何に。
 脛を叩かれるような生き方はしないでおこう、と常々道友でもある家内と話している。「願はくは花の下にて」とまでは望まないが、縁側で日向ぼっこしながら「あらっ、死んでたの」と言われて終わりたい。
原壤も 杖もて脛を たゝかれぬ
  いきながらへて 善をなさねば
          (見尾勝馬『和歌論語』)

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