今月のことば (2016年11月)
子曰わく、小子、何ぞ夫の詩を學ぶこと莫きや。詩は以て興す
べく、以て觀るべく、以て群すべく、以て怨むべし。邇くしては
父に事え、遠くしては君に事え、多く鳥獸草木の名を識る。(陽貨第十七)
子曰、小子、何莫學夫詩、詩可以興、可以觀、可以群、可以怨。邇之
事父、遠之事君、多識於鳥獸草木之名。
(陽貨第十七、仮名論語二六八・二六九頁)
〔注釈〕先師が言われた。「お前たちは、どうしてあの詩というものを学ばないのかね。詩は、人の心を奮い起
たせ、物事を見る目も養ってくれる。人と和やかに交わる心を培ってくれるし、怨みごとをうまく表現す
る術さえ教えてくれる。また身近には父にお仕えし、遠くしては君にお事えすることもできる。そのうえ
鳥獣や草木の名を多く知ることができる。」

 詩歌には、人を興観群怨すべくの力がある。中国の詩は、『詩経』の大序(『毛詩大序』)にある「詩は志の之く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す」であり、日本の歌もまた、紀貫之が『古今和歌集』の仮名序に記したように「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出だせるなり」である。志の漢詩、心の和歌と言われる所以である。
 この春、偶々『ちはやふる』二部作の映画を、同じ日に続けて観た。「ちはやぶる」と聞けば、「神代も聞かず 龍田川 から紅に 水くくるとは」(在原業平朝臣)である。原作は末次由紀の人気漫画『ちはやふる』で、小倉百人一首の競技かるたに没頭する主人公・綾瀬千早がクイーン位を目指す青春物語。この漫画のお蔭で、八百年前、藤原定家が『古今和歌集』をはじめ十の勅撰和歌集から百首選んだ『小倉百人一首』を、漫画を読みながら少年少女がどんどん吸収して覚えてゆく。日本人が何を美しいと感じるのか、切ないと感じるのか、恋のあや、四季のうつろい、百人の歌人がそれぞれ籠めた興観群怨に、少年少女が感応してゆく。当然、鳥獣草木の名も知り、自然に歴史的仮名遣いが身に付いてゆく。百人一首の第一番は、天智天皇が詠まれた「秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」である。近年、その天智天皇をおまつりし「かるたの殿堂」とも言われる近江神宮、在原業平が晩年過したという大原野の十輪寺(なりひら寺)が、修学旅行での中学生高校生の秘かなスポットになっているという。
 ところで漫画全巻ドットコムでの歴代発行部数ランキングでは、一位は何と三億二千万部もの数字になる、サウジアラビアのムハンマド副皇太子も愛読していると話題になった『ワンピース』。二位が二億部の『ゴルゴ13』で、麻生副総理も熱烈なファンである。因みに、我々の世代の『鉄腕アトム』と孫の世代の『ドラえもん』は、仲良く同じ一億部。
 『ちはやふる』は千六百万部で、我々の『仮名論語』はその百分の一程。普及には百倍の努力が必要か。
 詩を學べ 興すも觀るも みな詩なり
     羣す怨むも みな詩の力
                (見尾勝馬『和歌論語)

論語普及会副会長 目黒泰禪

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