今月のことば (2016年8月)
哀公問う、弟子孰か學を好むと爲す。孔子對えて曰わく、顔回なる者
有り、學を好めり。怒を遷さず、過を貳たびせず。不幸短命にして死
せり。今や則ち亡し。未だ學を好む者を聞かざるなり(雍也第六)
哀公問、弟子孰爲好學。孔子對曰、有顔回者、好學。不遷怒、
不貳過。不幸短命死矣。今也則亡。未聞好學者也
(雍也第六・仮名論語・六六頁)
 
〔注釈〕お殿様の哀公から「そちの弟子の中で誰が一番学問を好きかな」と尋ねられた。孔子は「顔回と申すものがおりました。顔回は怒りを面に顕わさず、同じ過ちを繰り返しませんでした。しかし不幸にも短命で亡くなってしまい、もうこの世には居りません。顔回の亡きあとは、残念ながら本当に学問を好むという者はいないようでございます」と答えられた。

論語普及会副会長 目黒泰禪
怒りを面に顕わさず、同じ過ちを繰り返さず、という「不遷不弐」は、残念ながら我々のような凡人には該当しない。孔子がこの言葉を適用したのは、弟子の顔回にだけである。特に過ちについては、孔子自身でさえも、「丘や幸なり。苟くも過有れば人必ず之を知る(私は幸せである。もしも私に過ちがあれば、人が必ず気づいて指摘してくれる)」(述而第七・九四頁)と言うくらいである。人間は往々にして間違うし、過ちを繰り返してしまう。だからこそ「過てば則ち改むるに憚ること勿れ」(学而第一・五頁、子罕第九・一二三頁)が大切であり、「過ちて改めざる、是を過と謂う」(衛霊公第十五・二三九頁)と孔子は言うのである。然しながら、二度と、絶対に繰り返してはいけない過ちがある。
 五月二十七日、オバマ大統領が現職の米国大統領として初めて被爆地、広島を訪問した。広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花した。「七十一年前のよく晴れた雲のない朝、空から死が降ってきて世界は変わった。閃光と火の壁が町を破壊し、人類が自らを滅ぼす手段を手にしたことを示した」との言葉から入り、オバマ大統領は、核兵器なき世界への決意を表明した。さらには「遺伝情報のせいで、同じ過ちを繰り返してしまうと考えるべきでない。我々は過去から学び、選択できる。過去の過ちとは異なる物語を子どもたちに語ることができる」とも語った。
 旧ソ連のゴルバチョフ元大統領もまた、退任後の一九九二年に訪れた際に「歳月がヒロシマの悲劇の痛みを和らげることはできなかった。このことは決して繰り返してはならない」という言葉を残した。
 しかし現在、世界になお一万五七〇〇発もの核兵器が存在する。米国(七二〇〇発)、ロシア(七五〇〇発)、英国(二一五発)、フランス(三〇〇発)、中国(二五〇発)の五ヶ国とインド、パキスタン、イスラエルそして北朝鮮にである。核兵器保有国の大統領や首相は、向後選出される首脳も、オバマ大統領やゴルバチョフ元大統領のように「繰り返してはならない」と表明できる人物で在ってもらいたい。人類を滅亡させる核兵器の発射ボタンを押せる立場にあるが故に、顔回の如く「過を弐たびせず」の人物でなければならない。
わが回や 怒遷さず 過を 貳せざる 好學の人
           (見尾勝馬『和歌論語』)

論語普及会副会長 目黒泰禪

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