今月のことば (2013年6月)
子曰わく、齊一變せば魯に至らん。魯一變せば道に至らん。(雍也第六)
子曰、齊一變至魯。魯一變至道。(雍也第六・仮名論語七六頁)
日本一變せば神の國に至らん

 風薫り新緑覆う山々はひときわ大きく膨らんで見える。麓の田園は田植のまっ最中、腹いっぱい薫風を吸っていきおいよく空を泳ぐ鯉幟りが田水に映る風景は、さながら豊葦原の瑞穂の国の原風景であり、鯉幟りは斯くあれと健やけき子孫繁栄を願う親たちの心情の現われでもある。最近は田や川を横ぎってロープが張られ、数十数百の鯉のぼりの群泳を見かけるが、これはこれでなかなかの偉観であり、初夏の風景も時代とともに変遷を覚える。
 平成の御代になって、阪神淡路大震災や東北の大震災、特に津波の凄まじさを目のあたりにし、多くの痛ましい犠牲者が出たが、そんな被災地の荒涼たる曠野にも、そこかしこに鯉幟りの泳いでいるすがたが見受けられ実に心強いものを感じる。 
 さて、今年は伊勢神宮の二十年毎に行われる御遷宮の年に当る。 本会は毎年「世直し祈願萬燈行大会」と銘打って志ある者を募り、皇室の御安泰と御繁栄を、国民の過事を祓い清めんことを、そして国の弥栄を萬祷する行事を行っている。今年も去る五月十八~十九の両日、同志相集い外宮内宮に参拝してきた。 
 なにごとのおはしますかはしらねども      
  かたじけなさになみだこぼるる 
 又大国主命をお祀りする出雲大社も、これは六十年毎ではあるが、御遷宮に準する大修築が施され、改めて日本民族の精神の故郷に思いを寄せる節目の年となった。 
 幕末から明治にかけて、欧米諸国の科学文明、その先進ぶりに目を奪われ、ややもすれば己の徳性を閑却し、卑下さえ覚えてしまう風潮が特に戦後に顕著であったが、このあたりで〝脚下照顧?神代より(そうとしか云いようのない、つまり地球開闢以来)天照皇大神の御子孫たるすめらみことの治しめす国であり、世界に比類無き歴史と伝統を誇りとする国柄のその国民たるを自覚する節目の年と認識し、戦後の陋習を破り、神と共に日に新たなる新生日本を築く年としたい。

論語普及会会長 村下 好伴

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