今月のことば (2012年5月)
子曰わく、志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を成すこと有り。 (衛靈公第十五)
 〔通釋〕孔子言う、志を立てて人生を歩む所謂士と呼ばれる人や、人を愛し思いやりが深く、慈しむ心の深い仁の人は、自分の生命を惜しむあまりに人として最も大切な仁心を害なうようなことはせぬばかりか、時には自分の身を殺してでも仁の徳を全うする者である。
 東北地方の大震災がおきてより早や一年が過ぎた。二万名に近い死者行方不明者を出し、今なお瓦礫の山や押し流されて礎石のみが残る集落の跡を見るにつけ痛ましくも哀しく、そして悔しい思いさへ覚える。一日も早き復興を切望して已まない。
 只、この震災が齎した最も大きなものは、本来日本人が具有していた家族の絆、隣人愛、そして時には身を殺しても他の人々のために働く仁の精神が人間社会に於ていかに不可欠なものであるかを甦らせてくれたことだ。戦前生れの筆者は、少年の頃最も美しい人間の行いは〝捨身奉公〝と教えられた。それが中学二年の時に終戦を迎え、それまでの價値感が一変し、自己の命と権利をなにより大切に、と教えられるようになった。いわゆる個人至上主義である。三百万もの犠牲を拂った戦争の後とてその反動として当然の現象ではある。
 この変化に乗じて今度は左翼と称される偏ったイデオロギー集団が跋扈した。ことほど人間社会は中庸を為し難きかなである。
 しかし天は徐々ながら人間の本来あるべき姿、歩むべき姿を示してくれている。人は窮地に立った時、その真価を発揮する。この度の大震災に見る数々の美談もそれを物語っている。南三陸町の職員・遠藤未来さんもその一人だ。庁舎の防災無線で町民へ「六メートルの津波が来ます。避難して下さい」「早く早く早く高台に逃げて下さい」と叫び続け自らは波にさらわれ犠牲になったと言う。この話は埼玉県立小中高の道徳教材として掲載されるそうである。
 大自然によって生かされている人間は、大自然の前には実に弱い果敢無い存在である。そのことを肝に銘じ、自然(神・天)への恭敬畏敬の念を忘れず、謙虚に敬虔に生きねばならぬ。
〝人神を守り、神人を守る〝


論語普及会会長 村下 好伴

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