今月のことば (2012年4月)
研修生たちの母として」
去る2月27日、伊與田 覺学監のご令室幸子夫人が逝去されました。
 去る二月二十七日、伊與田覺本会學監のご令室幸子夫人が逝去されました。享年八十七歳でした。茲に生前のご芳績を偲び心より哀悼の意を表し、衷心よりご冥福をお祈り申し上げる次第です。
 奥さまは、戦後の混乱期、我が国の復興を担う真の人材育成のため、我が家を顧ず、遂には教職をも辞し、奔走献身されるご主人を、家に在って困窮生活によく耐え、確りと切りもりされ、四人のお子さまを立派にお育てになりました。又昭和四十四年、四條畷の山中にご主人宿願の「成人 學研修所」が創建され、奥様も呼び寄せられ、研修生たちと寝食を共にする生活が始まりましたが、ご夫妻の居間は研修生の寝起きする部屋のその下で、天井も低く研修生の往来の足音が響く、まるで倉庫に畳をひいたような狭いお部屋でお暮しでした。お二人のお姿はさながら「飲食を菲くして孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして美を公事祭礼に致し、居室を極端に卑しくして力を研修施設に盡し」切られた聖王禹の如きでありました。
 奥さまは特に花を愛でられ、山野に咲く四季の花々や草木をもって、ほとんどが男子の、殺風景に陥りがちな研修の部屋々々を常にお飾りになっていらっしゃいました。
 研修生に接せられる奥さまはいつも慈母であり、時には悲母となられ、成人育成の碇に当っては厳母であられました。やっとお二人のお住居が建てられたのも束の間、今度は研修所そのものが解散閉鎖となり下山の已むなきに至ったのでありました。
 しかし天は大任を下された先生の安居を寛さず、日本の現況を憂え危惧する人々や企業から講義講演の要請が相つぎ、その都度奥様も共に西へ東へと遊講に随伴されましたことは、さぞやお二人で心和む寸刻をお過ごしになられたであろうと拝察致す者です。
 我ら教え子たちも、これからは時ある毎に、お二人を囲んで教を乞い、子弟の情を暖める機会を頻繁に得たいものと願っておった矢先でした。
 噫!!
逝く者は斯の如きなるも、無常の風の冷厳は、身を刻まれる思いを禁じ得ません。 奥様、どうかこれからは広大無辺蕩々たる宇宙に在って、永遠に悠々たる自由の日々をお過ごしになられますよう。
  さようなら


論語普及会会長 村下 好伴

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