今月のことば (2012年3月)
曰わく、莫春には春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞に風し、詠じて歸らん。(先進第十一)(述而第七)
〔注釈〕 ある日、孔子学園の課外の時間、孔先生を囲んで弟子たちとくつろいでよも山の雑談に耽っていた。と、先生から「おい君たち、いつも寄ると各々將来の進路や夢を話し合っているが、どうかね、一つ私にも忌憚のない経綸を聞かせてくれないか」ともちかけた。すると子路をはじめ並みいる弟子たちは「国家の中枢に入って政治を取り、数年のうちに理想の強国を建設して見せます」と豪語した。それに対し、一人曽晢(曽参の父親)だけは「そのような政治向きのことは考えておりません」と答えた。それではなにを望んでいるのかと問われて答えたのが次のことばである。
 即ち、「晩春の爽やかないち日、新調の春着を纏い近所の青年たち五六人とわらべたち六七人を連れだって、曲阜の町外れに流れる沂水のほとりで湯浴みをし、そこから数町南へ行った田んぼの中に、ぽつんと小高い舞(ぶう)台(昔から雨乞いの儀式が行われる所)の丘に登り、爽やかな風に湯上りの身をまかせ、すっかりいい気分になって、夕暮れともなれば歌をうたいながら家路を辿る。そんなごく平凡な日常生活を送れることが私のささやかな望みでございます」と。孔子はそれを聞いて「あゝ」と深いため息をついて、「私も點(曽晢の名)の考えに同調したい」と言った。
 日本列島は昨年の東日本大震災とそれにともなう大津波に見舞われ、多くの人命が失われ、広大な範囲に亘って生活圏が波に浚われ、酷寒のなか多くの方々が避難所生活を余儀なくされている。やがて一年になろうとしているが、この人たちにとって本当の春はまだまだ遠いようである。国はもちろん、全国民同朋の気長い物心両面の援助が必要である。本来ならば水ぬるむこの季節、大人も子供も海へ山へ、そして川へと出かけ春を謳歌して已まぬ時である。
 どうか被災者のみなさんの閉ざされがちな心が少しでもこの暖かさに氷解されんことを念じ、萌えいづる春の息吹のごとく、復興に向け力強く立ち上がられんことを一重に念じて止まない。


論語普及会会長 村下 好伴

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