今月のことば (2011年6月)
子曰わく、人にして遠き慮無ければ、必ず近き憂有り。子曰わく、能く禮譲を以て國を爲めんか、何か有らん。能く禮譲を以て國を爲めずんば、禮を如何にせん。(里仁第四)
〔注釈〕禮の根本義たる譲る心を以て国を治めるならば、何の難しいことがあろうか。その譲る心を以て国を治めようとせず、いたずらに法律や制度ばかり厳格に整えるだけでは、(国民の)禮の心を育むことはできないよ。
世界が認めた禮譲国日本

一ヶ月半以上を経ても日々の報道の大半は東北大震災関連のニュースで占められている。流された肉親の遺体を捜し続けるご遺族。未だ体育館などで避難生活を続けて居られる多くの被災者のみなさん。それに福島原発の周辺では放射能被爆を避け、二十粁三十粁範囲の住民は計画的避難を余儀なくされ、天災のうえ人災と三重四重の苦難を嘗めておられるお姿は、胸が締めつけられてことばも無い。被災者のやり場の無い遣る瀬なさがひしひしと伝わって、見るのも遣る瀬ない。しかし悲しみをこらえ、溢れる涙を押さえつつ報道人のインタビューに答える人々の口からは、不思議なほど怨みや怒りのことばが無い。むしろ救援者の方への感謝や礼のことばが聞かれる。『天を怨みず、人を尤めず』ひたすら己を尽くして苦難を乗り越えようとしておられるひたむきなお姿には神々しささえ漂う。東北の人々の忍耐強さと品格を見た。
NHKテレビ「究極の選択・特別講義・大震災後の世界をどう生きるか」と題して日米中三ヶ国の若者によるグローバル三元討論教室が放映された。未曾有の大災害から、これから地球で生きて行く若者たちはどう向き合い、どう処すべきかを主題に活発な討議が交わされた。美徳とか勇気とか人間の本質を見据えて人間性を掘り下げる真摯な発言に胸の熱くなるのを覚えた。特にこんな問題になると、国境の壁を感じない赤裸々な人間そのものの素地が見える。米中の若者の目に映った被害者の姿は、忍耐強く、調和を保ちつつ礼儀正しく、且つあの惨状の中で他人を思いやり譲り合う姿に相当衝撃的感動が走ったようだった。
江戸時代から明治維新前後にかけて来日した欧米人の目に映った日本の国柄・日本人感を集めた「逝きし世の面影」という書物があるが、そこには、体を二つに折るほど、また畳に頭をすりつけて深々とお辞儀をし、子だくさんでよく可愛がり、どこへ行くにも子を離さずに連れ歩き、ほがらかに笑いが絶えない。宿屋に財布を忘れ、急いで取りに戻ったらそのままの状態で置かれてあった。道を聞くと仕事をおっぽりだして連れていってくれる。暮らしは貧しいが明るい、等々。この度の震災によって、過去のこのような美徳が、少し甦った感がする。孔子の人柄を弟子の子貢が「夫子は温良恭謙譲」と評しているが、日本人にはまだまだこんな素質が残っているのであろうか。ならばもう明治以来羨望の眼で見続けてきた欧米の功利的物質科学文明に捉われず、本来の仁義礼知信を基軸にした麗しい謙譲の美徳を発揮し、世界の精神生活文化の範となろうではないか。そしてそれは、我らの身近に在す宗主皇室こそ現出し賜っている。

天地の神にぞいのる朝なぎの
  海のごとくに波たたぬ世を
    (昭和天皇・昭和八年)

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