今月のことば (2009年3月)
子曰わく、過ちて改めざる、是を過と謂う。(衛靈公第十五)(子罕第九)

〔注釈〕人は誰でも過を犯すものだが、過と気付いていながらいつまでも改めようとしないことこそ本当の過と言うものだ。
緊急に論議を

最近気になっていることがある。皇室典範と、憲法改正の論議がとんと聞かれなくなっていることだ。

一昨年安倍内閣のもとで、憲法改正を行うのに必要な国民投票法・現場の荒廃と学力低下著しい教育に対してその根幹たる教育基本法の改正・国家安全保障の上から欠くことの出来ない防衛庁の「省」への昇格と、この三法を電撃的に成立させた。その中教育基本法の改正に基づき、学習指導要領の中味が大幅に改善されたことは喜ばしいことである。また防衛についてはこれまでアメリカの核の傘のもとにおんぶにだっこで今日まで来たが、さすがにもう他人頼りでは済まされぬ時代が来ているが、丁度そこへ田母神前幕僚長の論文が大問題となり、国民の国防意識・志気喚起の好刺激となっており、今後大いに議論が湧くものと予想される。最後の、折角国民投票法案まで成立させておきながら肝心の憲法そのものの議論が一向に成されない、これはどうしたことか。戦後を生きてきた我らは色々な過ちを犯した。そして最も大きな過ちは、押し着せられて肌に合わぬ憲法を未だに着ていることである。六十年間この法衣を着てみて、最も肌触りの悪さを実感するのは、日本民族の活力の源泉たる家族制度の崩壊をきたしたことである。これが現代日本の諸悪の根元を為している。本来これは、昭和二十七年四月二十八日、サンフランシスコ講和条約発効と共に直ちに日本人の性情に合う自主憲法へ衣替えすべきであった。文字通り是を過ちと言わずしてなんと言おう。しかし最近前述のごとく議論さえなされぬ沙汰止み状態である。これは何を措いても真剣に取り組むべき国の緊急課題であり、だらだら先送りしていては今を生きる我らの怠惰であり、なんとしても過ちを修正して、次代に繋げなければ子孫に対し申し訳が立たぬ。

もう一つ、皇室典範に関する論議であるが、且つて小泉元首相のもとで、将来に対する天皇御継嗣の問題について聊かの危機意識が生じ、有識者会議なるものが出来て議論されることになったが、皇室のご意見を拝聴するでも無く、国民の関心を喚起することもせず、一部の学者連が主になって早々に女系女性天皇を容認する答申を出し、小泉首相もあわやその答申に添って事を進めようとした矢先に、秋篠宮妃紀子殿下の御懐妊が報じられ、答申も議論も一ぺんに雲散霧消してしまい、九月には待ちに待った男子悠仁親王殿下の御誕生となり、神風が吹いたとばかり国中が喜びで湧きに湧いたのだった。確かに慶賀に耐えぬことではあるが、反面で皇室典範の改正論議はこれまた沙汰止みとなってしまった。万世一系の天皇を戴く民として生を受けた有難さを思えば思うほど、これからも永遠の御繁栄を願わずにいられぬ。百二十五代男系で御継嗣されるについては、これまでに幾度となく危機に遭遇されその都度みんなで叡智を結集して打開して来られたことは史実に明らかな所である。当面はご安泰であっても何百代、何千代も御繁栄を願うためには、差し当っては、占領政策で皇室衰退化の一貫として取られた皇族を御三家に止め、その他の皇族をご降下させられたものを、叡智を振り絞って本にお復し願う。そのための皇室典範改正の論議を積み重ね、後顧の憂無きようにする。これまた急務である。

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