今月のことば (2008年8月)
曽子曰わく、終を慎み遠きを追えば、民の徳厚きに歸す。(学而第一)

〔註釋〕親の死や肉親の死(終り)に遇えば、葬儀を丁重にして送り、真心を籠めて喪に服し、年忌法事など先祖の祭を手厚く行い、心からお偲びすれば、民の人情道徳心は自然に厚くなるものだ。
戦没者の念いを忘れまじ

赤道直下灼熱の日差しの下、みみずやとかげと、口にできる凡ゆるものを食べて飢えを凌ぎ、物量を頼む敵の猛攻に曝されつつ南海の孤島に散って逝った皇軍たち。零下三十度四十度の極寒の島で、友軍の輸送は絶え、無念の玉砕を遂げた勇士。満蒙の大地から捕虜となってシベリアに連行され、ソ連軍に僅かの食糧で過酷な労働を強いられ、飢えと寒さに耐えかね異国の地に命を落とした同朋。敵の本土上陸をたとえ一日でも長く引き延ばすべく、全智全能全身全霊を振り絞って戦ってくれた沖縄や硫黄島の玉砕者たち。

一方内地ではサイパンからのB29による絨毯爆撃によってほとんどの大都市は灰燼に期し、何十万人もの焼死者、剰え人類史上かつて無き蛮行を振った広島・長崎への原爆投下は、一瞬の閃光によって数十万の無辜の市民を焼き殺してしまった。鬼畜の仕業である。

今年も忌わしい八月十五日が近づいた。日本民族未曾有の恥辱を被った日である。断じて忘れられないのは、いや忘れてならぬは、アジアの各地で無念にも無惨にも亡くなられた戦没者の方々のことである。

ある首相は追悼式典の場で戦没者に対し「心ならずも戦って散って逝かれた方々」と表現したのに対し、ルバング島から生還した小野田寛郎さんは「心ならずもとは何ごとか。我々はあの時点で一人たりとも心ならずに戦った者は居ない。みな国のため、民族のため、そして家族のために戦い、日本の輝かしい将来を信じて身を挺したのだ」と怒りをぶちまけておられた。三十年も敗戦を信じず投降の呼びかけを拒み続けた人の言だけに重みが違う。そのことは戦死者のご遺書を見れば異口同音に記されている。でなくてどうして世界中を震撼させるような、あんな勇戦のできるわけが無い。六十三年経った今も南海の島々に、また寒冷の地に英霊たちのご遺骨が散乱している。このご遺骨のほとんどは白木の遺骨箱に階級と姓名が記された位牌だけの入った遺骨無き遺骨箱でご遺族の許へ帰られた。つまり終りを慎むどころか、終りを放置したまま今日に至っているのである。

しかるに国の現状はどうか。小泉さん以来またまた首相の靖国参拝が途絶えている。国民は目先の苟安を貪り、飽くなき欲望を恣にし享楽に耽り、人心は頽廃の一途を辿り、公の心などどこかへ吹っ飛んだ感さえする昨今である。

我々が今享受している泰平の世は一体誰のお陰か。想像を絶する過酷な戦況を耐え忍びつつ、只管国靖かれと念じ、後に続くを信じつつ悲惨な最後を遂げられた方々のお働きと念力あってこその平和であることを片時も忘れてはならぬ。

慎終追遠の誠を尽くさねば、益々徳薄く日本人の精神は荒廃の一途を辿るであろう。

首相よ、堂々と靖国に参拝すべし。そして一刻も早く天皇陛下の御親拝を仰げるよう道筋を整えられたい。

その時こそ徳厚き日本精神の再興を果たす時だ。

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