今月のことば (2007年9月)
子、子産を謂う。君子の道四有り。其の己を行うや恭、其の上に事うるや敬、其の民を養うや惠、其の民を使うや義。(公冶長第五・仮名論語五十六頁)

〔注釈〕子産には君子人たるべき四つの資質を備えている。自分を処する態度は実に恭しく、君主にお事えする時は敬って慎み深く、人民を養うにはとても慈しんで恵み深く、人民を使役する時は生活に支障をきたさないよう細心の注意をはらい、決して理不尽な使い方をせず公正であった。
春秋時代の名宰相・子産のことを礼讃した孔子のことばである。この子産にはこんな話がある。彼が宰相に就任して一年目は、正しい施策を次々断行し、人民から怨まれ反感を買い「だれか彼を殺す者がいたら、私もいっしょに與しよう」と罵声を浴びせるほどだった。ところが数年経つとすっかり評価は逆転して「我々の生活を安定させ幸せにしてくれたのは子産さまだ。もし彼が居なくなったら誰がこんな善政を嗣げようか」と礼讃した。子産が死んだ時、孔子は泣いて「古の遺愛なり」と讃えたという。

安岡先生も子産を評して「これはなかなか並の政治家などの出来ることではない。本当に己が信ずる立派な政治を行おうとすれば、利己的で放縦な民衆、又その民衆の中にあっていろいろ私利私欲を恣にする勢力と必ずぶつかる。やがて圧力団体からの脅迫行動・暴力行動などが続出して、この時大抵の政治家は参ってしまう。

日本でも戦後の政治家・内閣などをみればよくわかる。みな反対勢力に弱く、巧妙に戦術的に行われると歯がゆいくらいに弱くなり、この時大抵の政治家は参ってしまう。それを子産は毅然として闘い抜き、然も次第に認められ、逆に感激されるように持っていったというのは、よくも出来たものだと感心する。いかに偉かったか、いかに勝れておったかがよくわかる。これをみても政権は持続ということが必要で、短命政権ではいけない」と言っておられる。

今度の参議院選挙は自民党の惨敗に終わった。先月号の今月のことばに、今度の選挙は国民の良識を問う選挙と述べたが、残念乍ら非良識派の牛耳る結果に終わった。選挙中の争点たるや、年金問題や大臣の不祥事、果ては顔の絆創膏まで持ち出す始末。いずれもあまりに次元の低い他国から笑われそうな瑣末で枝葉末節な問題のみで戦われ、遂に国政選挙に相応しい三十年、五十年先の国家の在り方を見越すような品格ある議論は出ずじまいに終わった。

敗戦後六十二年、二度と立ち上がれないようにとの方針で日本の国柄をズタズタに易えられてしまい、家庭も教育も崩壊の一途を辿っているのに、未だに押し付け憲法を後世大事に遵守してきた現状、その古びた残滓を一掃せんと就任早々から、教育基本法や防衛庁の省昇格、憲法改正に必要な国民投票法案の成立など、正に国家百年のビジョンの根幹を為す法案を次々と成立させた安倍首相の足をこんな次元の低い問題で引きずり降ろそうとする。民衆が目先の利欲やその時のムードに流されるのは古来世の常であるが、苟も二大政党制を唱える民主党が、野党とはいえ国家観をかなぐり捨てて党利党略になりふりかまわぬ姿は、到底国会議員の名に値せぬ。こんな政党に日本丸の舵取りは絶対任せられぬ。

轟々たる批難・退陣要求の中で、じっと耐え、挫けず踏み止まっておられる首相の姿は立派だ。貴方の施政理念に一毛の間違いは無い。孟子に「天がこの人に大任を与えようとする時は、必ずその心を苦しめ、筋骨体膚を餓えしめ、行わんとすることを空廻りさせ、意図するところを撹乱させる。人は常に過って後に改め、心に苦しんで後発奮し、苦悩が顔にあらわれ、呻き声が出るくらいで初めて悟るものだ。この苦難を乗り越えてこそ一回り大きくなる」と説いている。

今回の選挙結果は、正に天が日本丸という舟の舵取りを誤りなく正航路に付かせるための一大試練を首相に課せられたのである。 至誠は必ず天をも動かす、ましてや人においておやである。この苦境を耐え切って信念を貫き、子産のように、数年後に国民から尊敬と感謝のまな差しを向けられる日を待とうではないか。  (八月十一日記)

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