今月のことば (2006年7月)
子曰わく、道行われず桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由なるか。子路之を聞きて喜ぶ。子曰わく、由や勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無からん。(公治長第五)

〔注釈〕孔子「ああ、なんてことだ。私が夢に見続けて来た古の聖王堯舜の時代や、周王朝創建に情熱を滾らせ、幼い成王を輔けて整然たる国家体勢を築いた周公旦の治政を再現すべく追い求め力を尽したが、世はまるで反対に暗黒の世へと流れてゆくではないか。私が愛して止まぬ周の王国も、やがて夏や殷のように滅びゆく運命にあるのだろうか。大国が力で弱小国を呑み込み、家臣が君主を弑し、親が子を、子が親を殺し、夫婦や兄弟の間で謀殺を計り、近親相姦など欲望の限りを尽し道義全く地に堕ちてしまった。もういっそこんな汚らわしい国に見切りをつけ、桴にでも乗って海へ漕ぎ出だし、東方の海上に浮ぶという蓬來の島とやらへ亡命してやろうか、もしこれを実行すると言ったら、私に従いて来るのは、まあ子路ぐらいだろうなー」。

子路「そらそうだ、そんな大冒険に從いてゆくような勇敢なのは俺さまぐらいだぜ、エッヘッヘー」

孔子「おっと、子路君、案の定乗ってきたな。実際お前さんの勇敢なのは、私も及ばないよ。だがな子路よ、よーく考えてみろよ、こんな大冒険を決行するには、半年や一年漂流したって餓死しないだけの食糧や水を積み込まねばならないし、勿論大ていの大波にも耐えられる堅牢な桴を作らねばならず、余程綿密周到な準備をする智恵と才覚と資金が要るんだよ。お前さんはただ勇敢なだけでなんの計画性も無いようだな。そんな者と行くのは私は嫌だよ。むざむざ無駄死にしたくないからね。」

子路「ちぇっ、からかいだったのですかい、先生も人が悪いや、折角人を喜ばせておいて」。
《桴に乗りて海に浮ぶか、斯の人の徒と與にするか》

孔子が生きた春秋時代とは、正に弱肉強食、下剋上至らざるなく、風俗も禽獣の如く乱れていたらしい。そんな世を憂い、国を憂えて、なんとか建国当初のような盛んな周王朝を再興しようと心を砕いた孔子も、も早や手の施しようも無く、亡命をさえ口ずさむほど穢国悪世へと進んで行ったようだ。

ちょっと待てよ!いったいこれはいつの世のことか。二千五百年も前の他国の歴史と思っていたが、なんだか現実の日本の社会に生き映しではないか。

自己の利のためには自国の基本姿勢をも国民感情も無視して他国のご機嫌を伺うような無定見な発言をする売国奴的国会議員、こんな議員さん達が寄って教育基本法に『愛国』の文言一つ入れるのにすったもんだの有様、どうやら基本法は今国会でも成立は見送られた。一体どこの国の議員さんなの。

経済界では春秋より一歩先んじて戦国時代の様相を呈してきた。創業の時から日夜汗水たらして苦辛に苦辛を重ね築いて来た愛すべき会社が朝起きたら自社株を買い占められ乗っ取られかけている。その買手たるや、一流大学を出て勝れた頭脳で悪智恵の限りを働らかせ、汗のあの字も出さずにマネーゲームで巨額の利潤を上げた青二才のエリート小人達にである。それに経済界のリーダーの団体からは隣国の発展ぶりに目を奪われ、相手の顔色を窺いながら「首相の靖国参拝自粛」まで言いだす始末。利のためには国のくの字も念頭に無し。連日報道される親殺し子殺し、いたいけな幼児をマンションの上層から突き落とし、下校中の児童を首を絞めて殺す。教師が教え子に性的暴行等々、上下こぞって義を捨て利に走る。これを『平成の春秋』と呼ばずして何と呼ぼう。海に浮かばんとした孔子の嘆きが、痛いほど身に沁みる今日この頃である。

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